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 最終話「絶好調ナリ!永遠の未来の仲間たち!」



 滅びの雨の雨脚は、更に激しくなっていった。

 その雨の中、マーキュリーGが咲達に一歩一歩近付いてくる。

 その足取りは緩やかであったが、それは咲達へ迫る死への足音、死神の足音だった。


 マーキュリーG「アハハハハハ…!本当に貴女達はしぶといですね…。まるで小汚い雑草の様です…」


 咲達は精霊の力を全て使いきり、変身する力どころか、立ち上がる力さえ失っていた。

 ただ、一歩一歩近付いてくるマーキュリーGの姿を倒れたまま見ている事しか出来なかった。


 マーキュリーG「フフフフフ…。そうですね…。最後に一つ、昔話を聞かせてあげましょう…」


 マーキュリーGは歩みを止める事なく、語り始めた。


 マーキュリーG「私は生れつき体が弱かった…。この頭脳を持ってしても命を長らえさせる事しか出来ない…」

 マーキュリーG「一歩一歩確実に近付いてくる死の恐怖に怯えながら毎日生きていました…。そう…、今の貴女達の様にね…」


 紡「くっ…」


 マーキュリーG「誰にでも明日が来る訳ではないのですよ…」

 マーキュリーG「だが、貴女達は死を考えようともしない…。誰もが死から目を遠ざけようとするばかりです…」

 マーキュリーG「何も考えず…、何の目的もなく…、何をするでもなく…、愚痴を言いながら、ダラダラと命を無駄に消費するだけの日々…」

 マーキュリーG「毎日自殺する人間の数を知っていますか…?この国だけで毎日100人近い人間が自ら命を絶っている…」

 マーキュリーG「何故、命を欲する私が死にななければならないのです!」


 マーキュリーGが右手を差し出し、手を開く。


 マーキュリーG「…その時です。この炎と出合ったのは…」


 その掌から青白い炎が姿を現した。


 満薫「はっ…!!」


 マーキュリーG「この炎は正に不死でした…。燃料や空気さえなくても燃え続けました…。現代の科学では説明が付かない現象です…」

 マーキュリーG「正に錬金術ですよ!!!この力を手に入れれば私も死の恐怖を超越する事が出来る!」

 マーキュリーG「ですか、有機物には限界があります…。しかし、金属や宝石は永遠にその輝きを放つ…!」

 マーキュリーG「そして、私はその無機物と有機物の融合に成功しました…。そう!完全なる不老不死を手に入れたのです!」

 マーキュリーG「セシウムやカーボニウム…。彼らも私と同じ死の恐怖に怯える者達でした…。病…、怪我…、老い…。そう…!生を欲していた…」


 舞「そんな命の大切さが分かる貴方が…何故こんな事を…!」


 マーキュリーG「人間は死んだらどうなるんでしょうか…?天国など、人が死への恐怖から逃げる為の想像物でしかありません…」

 マーキュリーG「死ねば、ただの肉の塊…。人間も動物も同じです…。なら、同じ命に何の差があるのでしょう…?」

 マーキュリーG「毎日生き物を殺して食べている貴女達と私に何の違いがあると言うのです…」

 マーキュリーG「豚は私を食べて下さいと貴女達に懇願しましたか…?フフフフ…。死は全てに平等なのですよ…」


 マーキュリーGが自らの掌で燃えていた炎を握りつぶす。


 マーキュリーG「ですが、もし貴女達が私に従うと言うのなら、彼らの様に永遠の命を与えてあげましょう…。そして…、神の僕となるのです…」

 マーキュリーG「病…、怪我…、老い…、全ての死の恐怖から開放されるのです…。この美しさを永遠に保つ事が出来るのですよ!」


 咲「そんな命なんかいらない…!」


 咲と舞が最後の力を振り絞り、起き上がろうとする。

 舞「命は限りがあるから美しく…、まばゆい光を放つの…!」


 だが、再び力尽き、倒れ込んでしまった。

 満、薫、フェアリーリップも立ち上がろうとするが、同じ様に力尽き、倒れ込む。

 しかし、それでも彼女達の目は決して諦めていなかった。


 紡「貴方は神になったんじゃない!人の心をなくしてしまったのよ…。そう…、冷たく輝く宝石と同じにね…」


 満「確かに私達は多くの生き物を犠牲にして生きてる…。だから私達は命を無駄にはしない!」


 薫「だって、私の命は私だけのものじゃないから…。多くの命によって生かされている命だから!」


 舞「永遠の命は造花と同じ…。本物の花の美しさには敵わないわ!」


 咲「そんなアンタなんかに私達は…」


 咲舞満薫紡「絶対に負けない!!!!!」


 既にマーキュリーGは咲達の目の前に迫っていた。


 マーキュリーG「アハハハハハ…!この状況でよくもそんな強がりを…。流石は伝説の戦士プリキュアと言う所でしょうかね…」

 マーキュリーG「フフフフフ…。なら、神の力の前に絶望しなさい…。そして…、悔やみながら死ぬのです!!」

 マーキュリーGの掌に滅びの力が集まり始めた。



 その時、フェアリーリップのポーチが金色に輝いた。


 紡「こ…、これは…」


 フェアリーリップが震える手で、ポーチからゴールドリップを取り出す。


 紡「力を…、力を貸してくれるのね!」


 フェアリーリップは最後の力を振り絞って立ち上がった。

 だが、その膝は震えている。

 今にも崩れ落ちそうだ。


 紡「これが…最後の…」


 震える手で、金色に輝くリップをフェアリーエクストレに込め、そして構えた。


 紡「エレメント…、スピリチュアル・パワー!!!」


 フェアリーリップは震える手でフェアリーエクストレを振るう。

 黄金の精霊の光がフェアリーエクストレの先から溢れ出し、フェアリーエクストレの動きに合わせる様に、黄金の螺旋がフェアリーリップを包み込んだ。


 マーキュリーG「クッ!何っ!何です!何なのです!この光はっ…!」


 ?「フーーーンウオオオォーーーーーーーー!!!」


 その雄叫びと共にフェアリーリップを包んでいた金色の光の渦が吹き飛んだ。

 そこには威風堂々とした立ち姿のフェアリーリップがあった。

 フェアリーリップのコスチュームの一部が盛り上がり、黄金の光沢を放っている。

 そして、その瞳は金色に輝いていた。


 ?「私はキントレスキー…。鉄の様に固い意思と鋼の肉体を持つ男…」


 咲舞「キントレスキー!!」


 キントレスキー「久しぶりだな、プリキュア!お前達の鋼の意思、確かに受け取ったぞ!」


 満「ダークフォール最強の戦士…、キントレスキー…」


 薫「貴方が力を貸してくれるなら…」


 キントレスキー「フッ…、お前達が私の背中を預けられるまでに成長したという事だ…。それにお前達の味方は私だけではないぞっ!」


 そう言うとキントレスキーは、フェアリーリップのポーチから四本のリップを取り出した。


 キントレスキー「行くのだ!我が強敵(とも)よ!」


 その声と共にリップを咲達に向けて投げた。
 リップが四色の線の弧を描き、咲達の下へ降りてきた。

 そして、それぞれのリップが三頭身の守護精霊の姿へと形を変えた。



 SDカレハーン「ハッ…!無様だな…、プリキュア…」


 咲「カレーパン…」


 SDカレハーン「そう、中辛がお勧め…カレハーンだ!」



 SDシタターレ「オーホッホッホッホッホ…。伝説の戦士プリキュア…、ご機嫌如何?」


 舞「ミズ・シタターレ…」


 SDシタターレ「ミズ・ハナターレよ!って、合ってんじゃない!?」



 SDモエルンバ「オーレイ!チャチャチャ~。みんな、お待たせチャチャ~」


 薫「モエルンバ…」


 SDモエルンバ「まだまだショーはこれからだぜ。チャ、チャ、チャ~!」



 SDドロドロン「満~!今日まで僕達が姿を現さなかったのには理由があるんだ。僕はね、こう見えて結構ナイーブなんだ。でも


 満「ドロドロン…」


 SDドロドロン「聞こうよ!」



 光となった守護精霊達が咲達や精霊達と一体化した。


 フラッピ「力が漲ってくるラピ!」


 チョッピ「守護精霊の力チョピ!」


 ムープ「精霊の力が蘇るムプ~!」


 フープ「凄い力ププ~!」


 咲、舞、薫、満を緑色、青色、赤色、黄色のオーラが繭の様に四人と精霊の身体を包み込み、空中に浮かび上がった。
 その繭が、まるで閉じた鳥の翼の様に変化した。

 SDカレハーン「木の力!」


 SDシタターレ「水の力!」


 SDモエルンバ「火の力!」


 SDドロドロン「土の力!」


 その声と共に翼が開き、四色の羽根が一面に舞い上がる。

 開いた翼の中から変身したプリキュアが姿を現した。

 それはまるで蛹から脱皮した蝶の様だった。
 その翼はプリキュアの背中から伸びていた。

 空中に浮かび上がるその姿は、天から舞い降りた天使の様にも見えた。



 咲「木々は花を咲かせ…」


 舞「水辺に鳥が舞う…」


 薫「薫る風は炎が生み…」


 満「満ちた月が地上を照らす…」




 マーキュリーG「お前達には立ち上がる力も無かったはず!なのに、何故…!何故!何故、立ち上がる…!!」

 マーキュリーG「貴女達は…、一体何者ですッ!!!?」


 それまで圧倒的な力の差を見せ付け、プリキュア達を常に見下した態度を取っていたマーキュリーGの表情に、初めて動揺が表れた。


 咲「輝く金の花、キュアブルーム!」


 舞「煌く銀の翼、キュアキーグレット!」


 満「天空に満ちる月、キュアブライト!」


 薫「大地に薫る風、キュアウィンディ!」


 咲舞満薫「プリキュア・スプラッシュスター!!!!」


 舞「聖なる泉を」


 薫「汚す者よ!」


 満「阿漕な真似は」


 咲「お止めなさい!」



 マーキュリーG「フフフフフ…、アハハハハ…!無駄です…、無駄です…!無駄なのです!!滅びの力こそ最強なのです!!」


 そのマーキュリーGの言葉は、まるで自らの動揺を否定するが為に、そう自分に言い聞かせている様にも聞こえた。


 キントレスキー「フッ…。ならば、その拳で語ってみよ!鍛え上げたこの我が上腕二頭筋で応えてみせよう!」


 キントレスキーが両腕を曲げ、上腕二頭筋を盛り上げ様とする。


 だが、フェアリーリップの二の腕に殆ど変化は無かった。


 キントレスキー「…。紡…。この後は猛特訓だ!!」


 紡「(は、はい!)」


 キントレスキー「行くぞ!プリキュア!」


 咲舞「うん!!」


 満薫「ええ!!」



 自らを神と名乗るマーキュリーGと、精霊の翼を得て蘇ったプリキュア達との最後の戦いが幕を開けた。


 プリキュアの動きに合わせる様に、背中の翼が羽ばたく。

 その翼が羽ばたく度に、翼から羽根が溢れ出す。

 溢れ出した羽根は、溶ける様に精霊の光へと変化していく。

 それはまるで滝から飛び散る清涼な水飛沫の様だった。


 プリキュアがマーキュリーGに連撃を繰り出す。

 それをマーキュリーGが片手でいなしていく。


 マーキュリーG「アハハハハ…!何度来ようが同じ事…。無駄です…。無駄です…。無駄なのです!」


 咲舞「や~!!」


 満薫「は~!!」


 マーキュリーG「何ッ!?」


 プリキュアの攻撃は徐々に激しさを増し、マーキュリーGは先程まで片手であしらっていたプリキュアの攻撃に圧されていく。

 そして遂に使っていなかった片手も使って攻撃をいなさざる負えなくなった。


 マーキュリーG「クッ!」


 そして遂にプリキュア四人の息も付かせぬ連撃に堪らず空中に飛び上がった。

 しかし、そこにはマーキュリーGの動きを読んだキントレスキーが既に待ち構えていた。


 キントレスキー「へ~~~~~~ぃや!!」


 マーキュリーG「グハッ!!」


 キントレスキーの一撃によって、マーキュリーGは再び地面に叩き落される。

 下ではプリキュアが待ち構えていた。


 咲舞満薫「たああああぁ~!!!!」


 マーキュリーGはプリキュア四人同時の蹴りによって山の壁面に叩きつけられた。

 壁面がクレーターの様に凹み、土煙が上がった。


 マーキュリーG「私は神です…!神です!神ですよッ!!!その神を足蹴にするとは…ッ!」


 マーキュリーG「神を!神を…ッ、神を冒涜しようというのですかァ~!!!!」


 土煙の中から飛び出して来たマーキュリーGの声と共に無数の闇の光弾が空に浮かび上がる。

 その数、数十、いや、数百。

 それはまるで、闇の光弾で空が埋め尽くされる様な光景だった。


 マーキュリーG「消えなさい!消えろ…ッ!消えろ----ッ!!」


 その顔からは、今までの余裕の表情は完全に消え去っていた。

 マーキュリーGの掌から放たれた巨大な闇の光弾と共に空を覆う数百もの闇の光弾が次々とプリキュアを襲う。


 満「土の精霊よ!」


 ブライトの声と共に背中の黄色に輝く翼から羽根が舞い上がる。

 すると地面が隆起し、空をも貫く巨大な岩石の壁を作った。


 マーキュリーG「何~~~ッ!?」


 マーキュリーGの放った数百もの闇の光弾が、その巨大な壁によって全て防がれた。


 そして、その壁が消えるのと同時に、イーグレットとウィンディがマーキュリーの懐に飛び込む。


 舞薫「や~!!」


 マーキュリーG「フッ…。無駄です!無駄です!!無駄だと言っているでしょう!!!」


 マーキュリーGの両腕の一振りでイーグレットとウィンディが吹き飛ばされた。


 咲「木の精霊よ!」


 ブルームの声と共に背中の緑色に輝く翼から羽根が舞い上がる。

 すると地面から蔓が何本も生え、イーグレットとウィンディを受け止めた。

 そして、イーグレットとウィンディは、その反動を利用し、更に加速しながら再びマーキュリーGに突進する。

 それは、まるで弓から放たれた2本の矢の様だった。


 舞「水の精霊よ!」


 その声と共にイーグレットの背中の青色に輝く翼から羽根が舞い上がり、拳が氷を纏う。


 薫「火の精霊よ!」


 その声と共にウィンディの背中の赤色に輝く翼から羽根が舞い上がり、拳が炎を纏う。


 舞薫「たあ~!!」


 マーキュリーG「クッ!」

 迫り来るイーグレットとウィンディの姿に、マーキュリーGは思わず防御体勢を取った。


 マーキュリーG「(この私が!神である私が!!神が防御をしなく…ッ!!?)」

 マーキュリーG「グハッ!!」


 しかし、そのガードをすり抜けて、イーグレットの氷を纏った拳とウィンディの炎を纏った拳がマーキュリーGの脇腹を撃ち抜いた。


 マーキュリーG「何ッ!?痛み…、痛み!痛みぃいいいいいいいいいい!!?」


 イーグレットとウィンディの攻撃がマーキュリーGの身体を厚く覆った水銀の防御を破り、コアまで届いていた。


 咲満「や~!!」


 間髪入れず、ブルームとブライトの拳がマーキュリーGを撃ち抜いた。


 マーキュリーG「お、おのれ…、おのれ!おのれぇええええええ~ッ!!」


 マーキュリーGの身体を四色の光が突き抜けた。

 マーキュリーGを中心に爆発が起こり、四色の羽根が飛び散った。



 マーキュリーG「私は神だ!神だッ!!神だぞッ!!!こんな所で終われるか~!!ウォオオオオオオオオオオオオ…!!!」


 爆風が一帯を覆う中、マーキュリーGは雄叫びと共に空へ飛び上がった。

 厚く覆われている黒い雲を抜け、大気圏をもつき抜けた。

 巨大な月が目の前に迫り、周りには星空が広がる。

 本来なら青い地球が眼下に広がるであろうが、今は地球全体が滅び力によって生まれた厚い雲に覆われていた。


 マーキュリーG「もう許しませんよ…。許さん…!許さんぞぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 マーキュリーGが両手を掲げると、闇の光弾が現れた。


 その光弾が徐々に巨大化していく。

 そして遂には数百メートルはあるであろう大きさとなった。


 マーキュリーG「神の…怒りの…鉄槌を…!思い知るがいいッ!!!!!」


 その声と同時に数百メートルもある闇の光弾が地球に向かって落ちていった。

 それは恐竜を滅ぼしたと言われる巨大隕石の再来だった。

 巨大な闇の光弾が大気を焦がしながら落ちていく。



 そして、ディープ・インパクトが起こった。

 衝突による衝撃が地球全体を襲う。

 大気圏の遥か上空にいるマーキュリーGの所まで、その衝撃が伝わってきた。

 マーキュリーGが見下ろす眼下の地表では土煙が舞い上がり、何も目視する事が出来ない状態だった。


 マーキュリーG「ハァ…、ハァ…、ハァ…、お…終わった…か…」



 その時、土煙の中で何かが光った。

 それは五色の光だった。

 その光が土煙の中、螺旋を描きながら徐々に大気圏外にいるマーキュリーGに迫ってくる。

 光の正体はプリキュア達だった。


 マーキュリーG「なッ!なッ!!何ぃぃぃぃ!!!?」


 プリキュアの翼が羽ばたく度に翼から羽根が溢れ出し、その羽根が精霊の光へと変わり、後方に流れていく。

 そして、大気圏を突破したプリキュア達は、空気の重みから解放され、急加速した。



 マーキュリーGに迫り来るプリキュア達。

 ブライトの両手に月の光が集まる。


 満「月の光よっ!はあっ!」


 ブライトが光弾を放つ。


 満「てやあああああああっ!たあっ!!」


 光弾に続いて、マーキュリーGに連撃を入れる。


 マーキュリーG「ウオッ!」


 咲「とおっ!」


 ブルームの矢の様な一撃がマーキュリーGを貫く。


 マーキュリーG「グウッ!」


 薫「天空の風よ!ふっ!」


 ウィンディが起こした風がマーキュリーGを吹き飛ばす。


 マーキュリーG「グオオオオオオッ!」


 舞「たあっ!」


 吹き飛んだマーキュリーGにイーグレットの踵落しがカウンターで入った。


 マーキュリーG「グハァッ!」


 咲舞満薫「たあああああああああぁー!!!!」


 ブルーム、イーグレット、ブライト、ウィンディの連続攻撃がマーキュリーGを追い詰める。


 マーキュリーG「何故です…?何故だ!!何故だぁああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 マーキュリーGの反撃をプリキュアは寸前で回避した。


 プリキュアの後を追う様に背中の翼から舞い上がった羽根が軌跡を描いた。


 キントレスキー「いいぞ!プリキュア!私も持てる力を全て出し尽くそう!」

 キントレスキー「ぬあーーーー!でやっ!でやっ!でやあ~っ!!」


 キントレスキーの身体を黄金のオーラが覆った。

 まるで身体が一回り大きくなった様な迫力だ。
 キントレスキー(ファエリーリップ)の髪が逆立った。


 マーキュリーG「まさかッ!」


 キントレスキー「その通りだ!」


 キントレスキー「オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!」


 キントレスキーがマーキュリーGへ息をも尽かさぬ両拳の連撃を繰り出した。


 キントレスキー「ウリィィイヤーーーーーーーーッ!」


 マーキュリーGの身体を形成していた水銀がキントレスキーの一撃毎に宇宙空間へ飛び散っていく。


 キントレスキー「オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!オラ!」

 キントレスキー「オラーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 キントレスキーの渾身の一撃がマーキュリーGの身体に巨大な風穴を開けた。

 そして、マーキュリーGの身体の中心にあったコアが剥き出しになった。


 マーキュリーG「なっ、なっ、何~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!?」


 キントレスキー「今だ!プリキュア!」


 マーキュリーGの視線の先には、地球を背に目を瞑り、手を繋ぐプリキュアの姿があった。

 その周りには四色の羽根が舞っている。

 ブルームとイーグレットの腰に付いているミックスコミューンからフラッピとチョッピが顔を出した。


 フラッピ「みんなで力を!」


 チョッピ「合わせるチョピ~!」


 ムープ「ムプ~!」フープ「フプ~!」



 フラッピ「大地の力!」


 チョッピ「大空の力!」


 ムープ「月の力!」


 フープ「風の力!」


 SDカレハーン「木の力!」


 SDモエルンバ「火の力!」


 SDドロドロン「土の力!」


 SDシタターレ「水の力!」


 キントレスキー「金の力!」

 地球上の精霊の光が宇宙(そら)にいるプリキュアに注がれていく。

 それはまるで地球がプリキュアに力を与えている様にも見えた。

 地球をバックに地球上の全精霊の力を得たプリキュアが浮かび上がる。


 四人の掲げた掌に精霊の力が集う。


 舞「精霊の光よ!」


 薫「命の輝きよ!」


 満「希望へ導け!」


 咲「全ての心!」


 咲舞満薫「プリキュア・スパイラルハート!!!!」


 マーキュリーG「私は神だ!神だッ!!神だぞーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 咲舞満薫「スプラッシュスターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 プリキュアの両手から放たれた四色の光が渦となり、マーキュリーGを貫く。

 マーキュリーGは両腕でその光の渦を押し返そうとするが、徐々にその圧力に押されていく。


 マーキュリーG「な、何なんです…!何なのです!!何なのです、この力は…ッ!!!?これが…、プリキュアの力かッ!!!!?」

 マーキュリーG「神の…!神のッ!!神の力をも凌ぐと言うのですかーーーーーッ!!!!!」


 咲「違う!これは命の輝き!」


 舞「限りある命の力!」


 満「私達だけの力じゃない…」


 薫「みんなの声が聞こえる…」


 紡「(そう…、この星の全ての生き物が言っている!)」


 咲や舞の家族、学校の友人や恩師の姿、未来の薫と博士、そして地球に生きる人々、動物達、自然の姿が次々と浮かび上がる。

 咲舞満薫紡「私達は生きたい!!!!!」


 プリキュアの声に応える様に背中の翼から羽根が舞い上がる。

 それは正に命の炎だった。


 咲舞満薫紡「はあああああああああああああああぁ!!!!!」


 マーキュリーG「そんな…ッ!そんな…ッ!そんな馬鹿なーーーーーーーーーーーーッ!!!!?」


 プリキュアを覆う地球上の精霊の力の前に、マーキュリーGは遂に光の渦に呑み込まれていった。


 マーキュリーG「うッ!うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 その光の渦は、地球から38万kmも離れた月にまで達した。

 地球と月を一本の光の線が結んだ。




 マーキュリー「グハッ!!!」


 プリキュアの放った光の渦によって、マーキュリーは月面に叩き付けられた。

 その姿は、元のマーキュリーに戻っていたが、既に身体の左半身を失っていた。


 マーキュリー「い…生きたい…ですって…。私も…そう…望んでいた…」


 マーキュリー「…フフフフフ…、アハハハハハ…。美しい…。これが…命の輝きです…か…」


 マーキュリーの目に映ったのは、滅びの雲が消えた青い地球の姿だった。

 暗黒の宇宙の中に青く浮かび上がる水の星、地球。

 その地球の周りを精霊の光が覆っている。

 マーキュリーが遠くに見える地球を、残った片腕で掴もうとする様に手を伸ばす。

 それは、まるで愛おしい者に触れるかの様な優しい仕草だった。

 しかし、その伸ばした手がボロボロと崩れ落ちていく。


 マーキュリー「ああ…美しい…。アハハハハ…。確かに…宝石で…は…敵わな…い…です…ね…」


 マーキュリーの身体とコアは崩れ去り、月面の砂となっていった。

 だが、彼が最後に残した表情、それは怒りや悲しみではなく、微笑だった。





 夕凪中学の校庭に佇む咲達。

 空を覆っていた雲は消え、雨も止んでいた。

 その時、月の陰から太陽の光が差し込んだ。


 咲「あ…、太陽…」


 みんなが空を見上げる。


 満「彼も命の尊さを知っていた…」


 舞「あの雨は彼の涙だったのかも…」


 薫「そうね…。彼らも滅びの力の犠牲者なのかも知れないわね…」


 咲達が戦いの余韻に浸る中、紡が声を上げた。


 紡「皆さん、ありがとうございます。これで未来は救われました」


 紡が頭を下げた。


 咲「何言ってるのよ!助けてもらったのは私達の方だよ!」


 舞「そうよ。紡さんがいなければ彼は倒せなかったわ」


 満「でも…、これでお別れなのね…」


 紡「はい…。未来に帰らなくてはなりません…」


 咲「じゃあ、また未来で紡と会えるんだね!」


 咲のその言葉に紡の顔色が変わった。


 紡「いいえ…。残念ですが、未来に私の居場所はありません…。私は過去に来た時点で消えた存在…」

 紡「新しくなった未来に帰っても…、私の存在は消えたままなのです…。それが過去を変えてしまった代償なんです…」


 舞「そ…、そんな…」


 咲「じゃあ、このまま残ればいいじゃない!そうだ!うちに住めばいいよ!お父さん達も看板娘が増えたって絶対喜ぶよ!」


 紡「それは出来ません…。私は未来から来た存在…。この世界にいてはいけない存在なのです。それに…」


 紡はセーラー服の胸のポケットから古びたネックレスを取り出した。


 満「はっ!」


 薫「それは…!」


 そのネックレスに付けられた宝石の中で青白い炎が燃えている。

 だが、その炎は今にも消えそうな勢いだった。


 紡「はい…。未来の先生の形見です…。そして、この炎がこの時代に留まり続ける為のエネルギーの元なのです…。それも、もう…」


 満「滅びの力を使って、滅びの力を倒す…か…。因果な話ね…」


 咲「じゃあ、どうすればいいのよ!」


 咲は思わず大声を上げてしまった。


 その気持ちはみんな同じだった。

 ただ、それはどうする事も出来ない現実だった。


 咲「あ…。ご…、ゴメン…」


 紡「大丈夫です、咲さん。あの世界が変わるのなら…、みんなが生きていてくれるなら、それが私にとって一番の幸せなんです」

 紡「この世界に来る事を決めた時に覚悟していた事でしから…」


 紡が精一杯の笑顔で応えた。


 満薫「…」


 満と薫には紡の気持ちが痛い程分かっていた。

 彼女達も、かつて紡と同じ気持ちで戦っていたのだから。


 舞「紡さん…」


 空では月の陰から見える太陽が大きくなり、日の光が強くなっていく。

 だが、そこには重い沈黙だけが流れていた。

 フラッピとチョッピは涙を堪えているが、ムープとフープは既に大泣きだった。

 未来への希望が紡がれたはずだった。

 明るい未来が待っているはずだった。

 それなのに。



 咲「まだ…、時間あるよね?」


 紡「え…?あ、はい…。この残量でしたら、夕方までは持つと思いますが…」


 咲「じゃあ、紡!ひょうたん岩の所で待ってて!夕方までには絶対に戻るから!」


 咲「満!」


 満「ええ!」


 舞「薫さん!」


 薫「分かったわ!」


 咲「絶対だよ!待っててね!」


 フラッピとチョッピも咲や舞達の後に付いて行く。


 ムープ「何処行くムプ~」


 フープ「待つププ~」



 日食が終わり、完全に姿を現した太陽も海に沈みかけていた。

 紡は、その夕日をひょうたん岩の上で眺めていた。


 そこへ咲達が息を切らせて走って来た。

 紡も咲達の下に駆け寄る。


 咲「はあ…、はあ…、はあ…。お待たせ!遅くなっちゃって、ゴメンね」

 咲「タイムトラベル中って食べ物、食べれるのかな?満と一緒に作ったんだ」


 満「急いで作ったから味に自信はないけどね…」


 咲が手に持っていたPANPAKA・パンと書かれた紙袋から大きなパンを取り出した。

 よく見ると、それは紡の顔を模って作ったパンだった。


 フラッピ「フラッピとムープも手伝ったラピ!」


 ムープ「手伝ったムプー!」


 咲「あんた達は小麦粉のボールひっくり返しただけでしょ…」


 紡「咲さん…、満さん…、フラッピ…、ムープ…」


 舞「私達も時間なかったから、あまり上手く描けてないけど…」


 舞が絵を差し出す。

 そこには咲や舞、満、薫、フラッピ達の中心に紡が描かれていた。


 薫「チョッピとフープが色塗りを手伝ってくれたのよ」


 チョッピ「上手く塗れなくて、ごめんチョピ」


 フーピ「頑張ったププ!」


 紡「咲さん、薫さん、チョッピ…、フープ…」

 紡「皆さん…、ありがとう…」


 紡の瞳に涙が溢れる。

 だがそれは、ここにいる誰もが同じだった。


 満が紡に歩み寄り、手を取る。


 紡「満さん…」


 満「ごめんね…。貴女を疑ったりして」


 首を振る紡の瞳から涙が零れ落ちていく。

 満と紡の握った手の上に薫が手をそっと置く。


 紡「先生…」


 薫「私達、貴女の事忘れない」


 その上に咲も手を置いた。


 咲「絶対に忘れない!忘れる訳ないじゃない!」


 最後に舞が手を重ねた。


 舞「だって、私達は友達だから…」


 みんなの瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。


 フラッピ「忘れないラピ!」


 チョッピ「友達チョピ」


 ムープ「忘れないムプ~」


 フープ「友達ププ~」


 フラッピ達もその上に手を置いた。


 紡「満さん、舞さん、咲さん、先生…、フラッピ、チョッピ、ムープ、フープ…、ありがとう…」


 紡はみんなの手を強く握り締めた。


 舞「何言ってるの。お礼を言うのは私達の方よ。ありがとう、紡さん…」


 フラッピ「みんな!あれを見るラピ~!」


 フラッピの声に振り向くと、そこには大きな虹が出ていた。


 チョッピ「精霊達もお礼を言ってるチョピ…」



 その時、紡の体が虹色に輝いた。


 紡「もう…時間です…。皆さん…、さようなら…」


 七色に輝く紡の体が少ずつ消えていく。


 咲「さよならじゃないよ!またね!またねだよ!紡!」


 咲の声が聞こえただろうか。

 紡の口は動いているが、もう声は聞き取れない。

 その時、紡が掛けているメガネを外した。


 紡「(ありがとう…、…お姉…ちゃん…)」


 咲にはそう聞こえた気がした。


 咲「え?…みの…り…?」






 滅びの雨の降る未来。

 いつからだろうか。

 厚い雨雲に覆われた空から雨が降り続いている。


 和也「ここは…」


 病院で舞と両親の遺体と対面した後の記憶が和也にはなかった。

 交通事故だった。

 本当に事故なのだろうか。

 和也の父、弘一郎は決して危険な運転をする様な人物ではなかった。

 しかし、そこにあったのは間違いなく三人の変わり果てた姿だった。


 和也「この場所は…」


 回りには工事建設反対の立て看板が幾つも立てられている。

 病院を出た後、我を忘れ走っている内にトリネコの森に入ってしまった様だ。

 ここは嘗て舞や咲、薫、満と何度か訪れた場所だ。

 目の前には大空の樹がそびえ立っているが、その葉は枯れ、以前来た時に見た青々とした樹と同じ物とは思えなかった。

 しかし今、世界で起きている異常気象で殆どの植物が枯れる中、この樹は最後の力を振り絞る様に、その枝に枯れ葉を湛えていた。

 それはまるで、死にゆく我が子を手放そうとしない母親の様にも見えた。


 ?「和也さん…


 その時、何処からか声が聞こえた。

 和也は周りを見回すが、人の気配はない。


 ?「和也さん…」


 今度ははっきり聞こえた。


 和也「(まさか…!)」


 そう、それは正に目の前の大空の樹から聞こえてくる声だった。


 和也「樹から声が聞こえるなんて…、これは…幻聴なのか…」


 ?「いいえ、幻聴ではありません…。私が声をかけているのです…」


 今度は更にはっきりと聞こえた。


 ?「私は世界樹の精霊フィーリア…。…舞さんの事は本当に残念に思います…」


 和也「舞の事を知っているのか!?それに僕の事も」


 フィーリア「ええ…。信じていただけるとは思いませんが…」


 フィーリアが言葉を続ける。


 フィーリア「貴方の妹、舞さんとその友人、咲さんは精霊の泉を救っていただいた伝説の戦士プリキュアなのです…」


 和也「プリキュア…?舞と咲ちゃんが…、伝説の戦士…」


 フィーリア「舞さんに訪れた不幸は私も感じました…。貴方の悲しみも強く感じています…」

 フィーリア「しかし、私にも時間がないのです…。貴方がここを訪れたのも精霊の導きです…」


 和也「僕はどうかしてしまったんだろうか…。これが夢なら父さんや母さん、舞も元気だろうに…。それに…、咲ちゃんも…」


 フィーリア「残念ながら、これは現実なのです…」


 和也「分かってるよ…。夢ならこんな痛みはないさ…」


 和也が左腕を上げる。

 走ってる内にぶつけたのか左手が大きく腫れていた。

 腫れ具合から見て骨折をしてるのかも知れない。


 フィーリア「…信じてくれてありがとうございます…。今、この世界で起きている異変は精霊の消滅によるものなのです…」


 和也「精霊?」


 フィーリア「そうです…。世界の全てのものには精霊が宿っています…。しかし…、この降り続く雨には精霊を滅ぼしてしまう力があるのです…」

 フィーリア「多くの精霊達がこの雨により消えていきました…。そして私の命も、もう長くはありません…」


 和也「どうしてこんな事に…」


 フィーリア「分かりません…。ただ、この雨には滅びの力だけではない、何かを感じます…。滅びの力に意図的に手を加えた何かを…」


 和也「でも僕には何も出来ない…。何の力もないんだ!咲ちゃんだけでなく、舞も、父さん、母さんも…守れなかった…」


 泣き崩れる和也。

 その和也にフィーリアが優しく声を掛ける。


 フィーリア「いいえ…、希望を捨ててはなりません…。蓮の花は旱魃で枯れても、千年の時を経て、また種から芽を出します…」

 フィーリア「それに私達には、まだ最後の希望が残っています…」


 和也「最後の…希望…?」


 フィーリア「そうです…」


 フィーリアが答えると大空の樹の洞から五つの光の球が出てきた。

 それはそれぞれ緑色、赤色、黄色、水色、金色に輝きながら浮かんでいる。


 和也「きれいだ…」


 フィーリア「これは精霊界を守護する精霊達…。しかし、滅びの力によって本来の姿を失ってしまいました…」

 フィーリア「しかし、その力だけは残りました…。ですが、伝説の戦士プリキュアでも使いこなせなかったかも知れない強い力…」

 フィーリア「この力を使いこなせる人間が果たして存在するかさえも分かりません…」


 和也「何故それを僕に…」


 フィーリア「貴方が来た時にこの精霊達が何かを感じたのです…。それに貴方は普通の人間には聞こえない私の声が聞こえました…」

 フィーリア「これは精霊の導きなのです…。私にはもう時間がありません…」


 フィーリアの声が徐々に弱々しくなっていく。


 フィーリア「この精霊を貴方に託します…。この精霊達の力を使いこなせる者を探して下さい…」


 そう言うと空中に浮いていた五つの光が和也の掌に下りてきた。

 光が弱まると、それは五つの結晶へと姿を変えた。


 フィーリア「頼みます…、和也さん…。みんなの…、最後の希望なのです…」


 その時、強い風が舞い、和也は思わず目を瞑った。


 和也が目を開けると、さっきまで樹を覆っていた枯れ葉が全て散っていた。

 フィーリアの名を呼んでも、何も返事は返っては来なかった。

 夢だったのだろうか。

 しかし、和也の手の中には五つの結晶が握りしめられており、そして大空の樹の下には今にも消え入りそうな淡い光を放つピンクの結晶が落ちていた。

 和也はピンクの結晶をそっと拾い上げた。

 そして、掌にある六つの結晶を見つめた。



 ?「和也お兄ちゃん~」


 遠くから和也を呼ぶ小さな子供の声が聞こえた。

 それは、みのりの声だった。

 黄色の合羽を着て、子供用の小さな傘を差している。


 和也に気付いたみのりが手に持っていた傘を放し、駆け寄ってきた。

 そして和也に抱きついた。

 合羽の下から見えるみのりの表情は泣きべそ顔だった。


 和也「みのりちゃん!駄目だよ。こんな所まで一人で来ちゃ…」


 みのり「だって、だって、舞お姉ちゃんが…」


 和也の顔を見て緊張が解けたのか、みのりの瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。

 そして和也の胸にその顔を埋めた。


 みのり「お…、お姉ちゃん…がいなくなって…、舞…お姉ちゃん…まで…。そしたら…、和也お兄ちゃん…、まで…、いなく…、なっ…」


 和也「ゴメンね、みのりちゃん…。心配かけたね…」


 和也がみのりを優しく抱きしめた。


 その時、和也の手の中の六つの結晶が再び光始めた。

 和也の手の中から飛び出し、みのりの上を飛び回る。

 みのりもそれに気付いた。


 みのり「…?和也お兄ちゃん、これ何?とってもきれい…」


 涙声のまま、みのりが答えた。


 和也「(まさか、みのりちゃんが…!こんな小さな子に…)」

 和也「(フィーリア…!この子が最後の希望だというのか…!?こんな小さな子が…)」


 厚い雲に覆われた空を和也は見上げた。


 和也「(舞…、咲ちゃん…、僕は一体どうすれば…)」




 数日後、舞と両親の葬儀を終わらせた和也は、町から姿を消していた…。

 その後、和也をベルセリウス重化学工業の研究所で見たという噂もあるが、それが本当かは定かではない。






 
10年後の世界は、紡が暮らした以前の未来とは全く変わっていた。

 さっきまでいた10年前と変わらない緑で溢れる町並みだった。

 鳥は羽ばたき、木々は青々と繁っている。

 公園には子供達の遊ぶ姿もある。


 しかし、紡の目に映ったのは全てがモノトーンの世界だった。

 そこには音も聞こえず、香りもしない、風を感じる事も出来ない、そんな世界が広がっていた。


 だが、それは正確な表現ではない。

 確かに世界は救われていた。

 世界がモノトーンなのではない。

 紡から見る世界がモノトーンなのだ。

 そう、彼女自信がモノトーンの存在、この世界から消えた存在、世界に否定された存在だったのだ。

 これが過去を変えてしまった代償なのである。


 呆然としている紡に向かって子供達が走ってきた。

 紡はそれに気付くのが遅れ、子供達とぶつかりそうになる。

 だが子供達は、まるで紡が存在しないかの様に、紡の身体をすり抜けていった。

 何事もなかった様に走り去る子供達の後姿が紡の目に映る。


 紡「ふふふ…。…これが過去を変えた代償…か…」


 紡は、モノトーンの空を見上げた。

 覚悟していた事とは言え、その喪失感に紡の心が押しつぶされそうになった。


 PANPAKA・パンの前まで行くが中に入る勇気が出ない。

 店の中では、夫婦が元気そうに忙しく働いている。

 しかし、そこに咲や満の姿は見当たらなかった。



 気付くと紡は大空の樹の下にいた。

 そう、全てはここから始まったのだ。

 紡には色が見えないが、その大樹には葉が青々と繁っている。


 紡は手に持っているPANPAKA・パンの袋に気付いた。

 過去の咲と満が焼いたパンと舞と薫が描いた絵が入っている。

 紡は大空の樹の根元に腰を下ろし、袋を開けて舞と薫が描いた絵を取り出した。

 そこには笑顔の咲、舞、満、薫、フラッピ、チョッピ、ムープ、フープ、そしてその笑顔の中心に紡が描かれていた。


 そして、咲と満が焼いたパンを袋から取り出し、口に運んだ。

 だが、やはり味は全くしなかった。

 しかし、紡には焼きたての美味しいパンの味がした気がした。

 勿論、それは過去での記憶によるものなのだが、今の紡にとってはそれが唯一の支えだったのだ。


 紡の瞳から涙が零れ落ちる。

 その涙が手に持ったパンと膝の上に置いた絵に零れ落ちた。

 すると、パンと絵、そして大空の樹を薄っすらと光が覆った。

 だが、その光は弱く、紡自身も気付かない程の弱い光だった。



 その時、大空の樹に向かう下の道から歩いて来る女性達の姿が見えた。

 紡は思わず草の茂みに隠れてしまった。


 紡「(私…、何やってるんだろう…。誰も私を見る事なんて出来ないのに…)」


 しかし、その女性達をふと見た時、紡は驚きを隠せなかった。
 その中に以前の未来の世界で紡を守って死んだ薫がいたのだ。

 だが、その姿は紡が知っている未来の薫ではなかった。

 以前の未来とは違い顔や足の怪我もない10年前と変わらない薫の姿だった。


 紡「(先生…!薫…お姉さん…)」


 そして、未来には存在しなかった大人になった舞、満、そして咲がいた。


 紡「(舞さん…、満さん…)」


 紡「…咲…さん…」


 思わず声が出てしまった。


 咲「え?何?」


 紡「咲さん!!!」


 聞こえるはずのない紡の声が咲には聞こえたのだろうか。

 紡は、たまらず茂みの中から飛び出した。


 舞「もう~、咲ったら。ちゃんと聞いているの?」


 咲「ゴメン、ゴメン」


 紡の声が聞こえたのではなかった。


 紡「そうよね…。聞こえる訳ないよね…。良かった…。みんなの元気な姿が見られて…」

 紡「(でも…)」


 咲達の笑い声が響く。

 そんな世界を望んでいたはずだった。

 覚悟していたはずだった。

 しかし、彼女の中で何かが変わっていた。

 過去の世界で彼女は知ってしまった。

 いや、思い出してしまった。

 大切な、大きな存在を。


 もう、ここにいる事は出来なかった。

 心が張り裂けそうだった。

 この場から立ち去りたかった。

 未来の咲達、紡にとってはその姿を見れた事だけで充分だった。

 そのはずだったのに。

 紡の瞳から再び涙が零れ落ちる。

 咲の横を走り抜けた。



 その時だった。


 走り去る紡の手首を咲が掴んだ。

 この世界に存在しないはずの紡。

 しかし、咲はその紡の手首をしっかり握っていた。


 咲「もう…、大きくなっても泣き虫なんだから…」


 紡の手首を掴む咲の手から確かに暖かさを感じた。


 紡「…咲…さん…?」



 舞「私達は友達だって言ったでしょ」


 鳥達の鳴き声が聞こえてきた。


 紡「舞…さん?」



 満「絶対に忘れないって」


 モノトーンだった世界に色が満ちていく。


 紡「満さん…」



 薫「紡…、未来を救ってくれて、ありがとう…」


 風を感じる。

 その風が花や木々の香りを運んできた。


 紡「先生…、薫…お姉さん…!」



 咲が紡を優しく抱きしめる。


 咲「よく頑張ったね…、みのり…」



 紡「…お…姉…ちゃん…」


 みのりと呼ばれた少女はその泣き顔を隠す様に咲の胸に顔を埋めた。





 キャスト
 日向咲(キュアブルーム)/声:樹元オリエ

 美翔舞(キュアイーグレット)/声:榎本温子

 霧生満(キュアブライト)/声:渕崎ゆり子

 霧生薫(キュアウィンディ)/声:岡村明美


 フラッピ/声:山口勝平

 チョッピ/声:松来未祐

 ムープ/声:渕崎ゆり子

 フープ/声:岡村明美


 日向みのり/声:斎藤彩夏

 美翔和也/声:野島健児

 フィーリア王女/声:川田妙子

 カレハーン/声:千葉一伸

 ミズ・シタターレ/声:松井菜桜子

 ドロドロン/声:岩田光央

 モエルンバ/声:難波圭一

 キントレスキー/声:小杉十郎太

 紡(フェアリーリップ)/声:斎藤千和

 マーキュリー80/声:三瓶由布子

 マーキュリーG/声:三瓶由布子・森川智之





 「プリキュア SplashStar STSTARS(仮名)」完

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