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 「地獄姉妹」



 序章


 ここは海原市黒潮。
 黒潮は夕凪よりも街が栄えており、駅前にはインターネットカフェも何軒か点在していた。

 その中の一軒。
 その店の店内はパーテーションで仕切られており、個々の個室の様な作りとなっていた。
 簡易的なドアも付いており、外からはわざわざ覗こうとしない限り、中の様子を伺う事は出来ない。
 利用客のプライバシーが守られている様な作りになっていた。
 しかし、その作りの為か、利用客の中には簡易宿泊所として利用している者も少なくなかった。

 その一室でパソコン画面に向かう少女の姿があった。
 顔は隠れて見えないが、肩まで伸びた赤っぽい髪のショートカットが印象的な少女だ。
 年齢は中学生くらいだろうか。
 だが、その少女からは年齢よりも、もっと大人びた雰囲気が感じ取れた。
 ミステリアスとでも言うべきか、何処か不思議な雰囲気を持った少女だった。
 その赤髪の少女が見入っているパソコンの画面には、ネット掲示板が開かれていた。
 スレッド名は『映画プリキュアオールスターズDXシリーズを語るスレ』と表示されている。

 その掲示板を見ていた赤髪の少女が、徐にキーボードを叩き始めた。
 どうやら、その掲示板に書き込みをしている様だ。

 『DX4があったら今度こそ満と薫も参戦だな』

 赤髪の少女がそう書き込むと、直ぐに他の書き込みが続いた。

 『満と薫はプリキュアじゃないからwww』
 『信者ざまあwwww』
 『S☆Sスレに帰れ』
 『S☆Sはプリキュアの汚点』
 『満と薫よりせつなの出番増やせ』
 『せつなあああああああああああああああああああ』
 『せつなは俺の嫁』
 『じゃあイースは俺の嫁』
 『イースかわいいな』
 『オールスターズでのビートの活躍が楽しみ!』
 『エレンは俺の嫁』
 『セイレーンは俺の嫁』
 『セイレーンはハミィの嫁』
 『エレンかわええ』

 みるみるスレッドが伸びていった。
 その書き込みを見た赤髪の少女の肩が怒りに震える。
 赤髪の少女が再び掲示板に書き込もうと、キーボードに置いた指を動かそうとした、その時だった。

 後ろのドアが開き、一人の少女が赤髪の少女がいる部屋へと入ってきた。
 それに気付いた赤髪の少女は、慌ててマウスを操作し、モニター上に開かれているネット掲示板のウインドウを閉じた。
 部屋へ入ってきた少女は、腰まで届きそうな青色っぽいロングヘアをタオルで巻き、アップにしていた。
 その身体からは微かに湯気が上がっている。
 どうやらインターネットカフェの中にあるシャワールームを利用していた様だ。
 「満、シャワー空いたわよ」
 青髪の少女は、パソコンの画面に向かっている赤髪の少女を「満」と呼んだ。
 満と呼ばれた少女は何事もなかったかの様に、パソコンのイスに座ったまま振り向いた。
 「ありがとう、薫。でも今日は疲れたから、このまま寝るわ」
 満は「薫」と呼んだ青髪の少女にそう返した。
 薫と呼ばれた青髪の少女は「そう」と言うと、部屋の隅に畳んであった毛布を広げ、床の部分に敷き始めた。
 その様子を見た満が、薫に声を掛ける。
 「薫、今日はあなたがイスで眠る番でしょ」
 このネットカフェのイスはリクライニングチェアになっており、背もたれ部分を倒すと簡易式のベッドとして使える様になっていた。
 故に、毛布を敷いただけの床とは寝心地が全く違った。
 そんな満の問いかけに、薫は毛布を敷く手を休める事なく答える。
 「満は疲れているんだし、それに明日は『PANPAKAパン』へアルバイトに行く日でしょ。今日はゆっくり休んで」
 そう言って微笑むと、床に敷いた毛布の中に入っていった。
 それを見た満は「ありがとう」と言うと、パソコンの電源を切り、自分も就寝の準備を始めるのだった。
 「おやすみ…」
 「おやすみ…」


 「ゴーヤーン」との戦いから月日は流れ、平和になった緑の郷で満と薫は暮らしていた。
 滅びの力が消えても、学校のクラスメート、咲や舞の家族の記憶から二人は消えていなかった。
 しかし、満と薫の前に新たなる試練が立ちはだかる。
 それは緑の郷での生活だった。
 ダークフォール無き今、二人は自立を迫られていた。
 勿論、「咲」と「舞」は自分の家に来るように声を掛けてくれた。
 だが、満と薫はそれを断った。
 何故なら、咲と舞の家も決して楽な状態ではなかったからだ。

 前作である「マックスハート」から「スプラッシュ☆スター」に変わり、売上げが一気に落ち込んだ為、
 スポンサーサイドから緊縮を迫られていたのである。
 咲と舞が出演する「映画プリキュアオールスターズDX」シリーズへの出演料で何とか凌いでいるのが現状だった。
 事実、上記の映画の中でも、他の「プリキュア」作品の衣装はテレビ版と同じデザインのサラ着だったが、
 「スプラッシュ☆スター」の衣装のみがテレビ版の衣装をクリーニングした使い回しとなっていた。
 映画の画面上で「スプラッシュ☆スター」の衣装がくすんで見えるのには、そういう事情が隠されていたのである。

 苦しい状況は、満と薫も同じだった。
 中学生である二人はアパートを借りる事も出来ず、黒潮にあるネットカフェを転々とするしかなかった。
 夕凪ではなく、黒潮を選んだのは、咲と舞に余計な心配を掛けない為だ。
 満と薫の収入源は、主に学校が終わった後のアルバイトだ。
 満は、曜日によって「PANPAKAパン」で店番を手伝っていた。
 だが、満の「PANPAKAパン」のアルバイトも毎日入る事は出来ない。
 それに中学生である満に支払われるアルバイト代も決して高くはなかった。
 精々お小遣い程度だ。
 しかし、店で売れ残ったパンは満と薫にとって食費を浮かせる為の大切な食べ物となっていた。
 一方、薫は隣の市の駅前でティッシュ配りのアルバイトをしていた。
 勿論、薫が隣の市までアルバイトに行くのは、アルバイトが学校やクラスメートにばれない為である。
 だが、薫のティッシュ配りのアルバイトも、厳しいものだった。
 仕事は毎日入る訳ではなく、収入面で不安定な上、薫が中学生という事を知ったアルバイト先の上司がアルバイト代を
 ピンはねしていたのである。
 しかし、薫も中学生である自分を違法と知った上で雇ってくれる、このアルバイト先を辞める訳にはいかなかった。

 そんな中、満と薫の収入源として大きかったのは、先に述べた「映画プリキュアオールスターズDX」シリーズへの出演料だった。
 勿論、モブキャラとしての登場だった1作目「DX」と3作目「DX3」の出演料は知れていたが、
 セリフが用意されていた2作目「DX2」の出演料が大きかった。
 だが、先にも述べた通り、「DX3」でモブキャラとしての収入しかなかった満と薫には、余り金銭的な余裕は残されていなかった。

 しかし、今の時期はそろそろ次回作の映画への出演依頼が来る頃だ。
 出演料は一部が前払いされる為、満と薫はそのお金を当てにしていた。
 モブキャラでの出演料でさえ、二人がアルバイトで稼いだお金の数ヶ月分に相当する。
 昨年「DX3」が発表された際、「最後の全員大集合!?」というキャッチフレーズに愕然としたが、
 「フィーリア王女」が「シプレ」から聞いた話によると、どうやら水面下で続編制作の動きが進行しているとの事で、一安心した。

 だが、待てども待てども出演依頼の通知は、満と薫の下に来なかった。
 学校で咲と舞にその事を尋ねたが、二人にもまだ出演依頼が来ていないとの事だった。
 前作までは、この時期には既に出演依頼の通知が届いていた。
 映画の制作自体が遅れているのか、日々不安ばかりが募っていった。

 余談だが、スタッフロールに名前が載る咲と舞には、出演依頼と同時に台本が送られてくる。
 その台本で事前にセリフをチェックする為である。
 故に出演依頼の封筒も厚くなる。
 勿論、「DX2」の時は満と薫にも台本が送られてきた。
 この時は、咲や舞、「みのり」と共に抱き合って喜んだ。
 咲や舞も、まるで自分の事かの様に喜んでくれた。
 しかし、残念ながら「DX3」ではセリフがなかったので、薄い封筒が届いただけだった。


 そんなある日、満と薫が学校に登校すると、クラスの自分の席で俯く咲と舞の姿があった。
 その様子に気付いた満と薫が、二人の席に行き声を掛ける。
 「どうかしたの?」
 満の問いかけに、咲と舞が顔を上げた。
 だが、その表情は暗い。
 「いや…、次の映画の出演依頼が届いたんだけどさ…」
 咲がそう答えると、舞が鞄の中から封筒を取り出した。
 「これ…」
 その封筒を見た途端、満と薫の顔が一瞬にして青ざめる。
 何故なら、満と薫はその封筒の意味を知っていたからだ。
 それは台本の入っていない封筒だった。
 満と薫は言葉を失った。
 自分以上にショックを受けている満と薫の只ならぬ様子を見た咲が、二人を心配させまいと気丈に振る舞う。
 「で、でも、アクションシーンは用意されてるみたいだから、出番がない訳じゃないみたいだよっ!ね、ねえ、舞!?」
 「えっ!?そっ、そうね!」
 そう言って、咲と舞は無理に笑顔を作った。

 しかし、満と薫の表情は強張ったままだった。
 何故なら、二人にはもっと切迫した事態が迫っていたからだ。
 「(咲と舞ですらセリフがない…!)」
 「(だったら私たちは…!)」
 満と薫は、お互いの顔を見合わせると、直ぐに教室を飛び出した。
 満と薫の名前を呼ぶ咲と舞の声があったが、二人にその声は届いていなかった。


 学校を飛び出した二人は、なけなしのお金をはたいて東京へと向かっていた。
 駅前の公衆電話で「東映アニメーション」に電話したが、『担当の者が席を外しており、分からない』との一点張りだったからだ。
 東京へ向かう電車の中、二人の会話は一切なく、ただ襲い掛かる不安に押し潰されない様、耐える事しかなかった。
 夕凪から東京までは新幹線に乗れば直ぐの距離だったが、二人の手持ちのお金では普通料金で乗れる快速電車に乗るのが精一杯だった。


 満と薫が目的地である「東映アニメーション」の最寄り駅である西武池袋線「大泉学園駅」に到着した頃には、もう陽が傾き始めていた。
 そして、駅から歩いて12分、満と薫は「東映アニメーション」本社である「大泉スタジオ」の前に立った。
 6年前、「スプラッシュ☆スター」の撮影の際に何度も訪れた思い出の場所である。
 「映画プリキュアオールスターズDX」シリーズの撮影もここで行われていた。
 この場所に立つと、撮影時の楽しかった事、辛かった事、笑った事、泣いた事、そんな過去の思い出が次々と蘇ってくる。
 だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

 満と薫は、スタジオの門を潜り、社屋一階にある受付へと向かった。
 だが、対応は電話と全く同じだった。
 「私たちは去年の映画にも出ていたのよ!」
 「監督を!大塚監督を呼んで下さい!」
 そんな二人に受付の女子社員も困惑顔を浮かべる。
 「ですから何度も申し上げています様に、今は担当者が不在でして…」
 この押し問答の繰り返しだった。
 それでも満と薫は諦めない。
 いや、諦められない。
 何故なら、なけなしのお金をはたいてここへやってきた二人には、インターネットカフェに泊まるお金どころか、
 夕凪に帰る電車賃さえ残されていなかったからだ。
 二人には帰る場所など、もう何処にもないのだ。

 その時だった。
 受付の横を「東映アニメーション」の社員らしき男性二人が、雑談をしながら歩いてきた。
 「聞いたか?今度の『プリキュアオールスターズ』、『5GoGo!』より前の作品のプリキュアのセリフないんだってな」
 「まあ、仕方ないだろ。前回の『DX3』でさえ、21人のプリキュアでいっぱいいっぱいだったんだから」
 「そう言えばお前、前回パッションのセリフが少なかったってぼやいてたな!」
 「そう言うお前だって、今回はイチオシのビートがオールスターズ初出演って喜んでただろっ!」
 社員と思われる二人は、そう談笑しながら満と薫の後ろを通り過ぎて行く。
 二人の社員が満と薫の震えている肩に気付く事はなかった。

 しかし、その社員の去り際の一言が満と薫の心を深く抉る事となる。
 「まあそれに、今の子供たちは昔のプリキュアなんて知らないだろうしな」
 満と薫の心の中で、何かが切れる音がした。
 憎しみとも悲しみとも取れる表情を浮かべた満が、二人の社員を追いかけようと振り向いた、その時だった。
 満の腕を薫が掴んだ。
 「何してるの…?離してっ!離しなさいっ…!」
 満は、自分の腕を掴んだ薫の手を振り払おうとした。
 だが、薫は握った手を決して離そうとしない。
 そして。
 「満…、もう止めよう…」
 そう言った薫の顔を見て、満の全身から力が抜ける。
 その時の薫の表情は、満にしか窺い知る事が出来なかった。
 「…。そうね…。もう私たちの居場所は…、ここにはないのね…」
 満はそう言うと、薫と共に「東映アニメーション」の社屋から出ていった。

 満と薫を見送る受付の女子社員がホッと胸を撫で下ろす。
 しかし、二人の後ろ姿を見た受付の女子社員は思わず目を擦った。
 何故なら、二人の後ろ姿から薄らと黒い花弁が舞うのが見えたからだ。


 そして、物語は「映画プリキュアオールスターズ」シリーズの最新作「映画プリキュアオールスターズNewStage みらいのともだち」の
 舞台「横浜」へと移るのである。



 続く…かも



 キャスト
 霧生満/声:渕崎ゆり子
 霧生薫/声:岡村明美
 日向咲/声:樹元オリエ
 美翔舞/声:榎本温子

 女子社員/声:山田茉莉
 男性社員/声:岸尾大輔
 男性社員/声:加藤木賢志





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