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 「プリキュア テレビアニメ10周年記念作品」SS編 第5話(最終話)



 「(ここダス!)」

 ホンキダスが小声でチコに伝えた。
 ここは一筋の光も差す事のない滅びの国「ダークフォール」。
 その場所には似つかわしくない、一匹(?)の妖精と一人の少女の姿があった。
 それはモモンガの様な姿をした妖精「ホンキダス」、そしてプリキュア「キュアミラージュ」こと「チコ」の姿だった。


 「(ここが…)」

 ホンキダスとチコの姿があったのは、ダークフォールの何処かと思われる場所にある巨大な湖の畔だった。
 その湖の中には巨大な岩が浮かんでいる。
 しかし、その岩は人工的に手を加えられていた。
 その岩にはアメリカのラシュモア山の様に巨大な人物の顔が刻まれていたのだ。
 だが、その顔は歴史に残る大統領の姿ではなかった。
 そこに刻まれていたのは、ここダークフォールの支配者「アクダイカーン」の側近中の側近である「ゴーヤーン」の顔だったのだ。


 「この湖が次の世界への扉…」

 チコが、その暗い湖を見ながら呟いた。

 そして、その湖の湖底では満と薫が深い眠りについていたのだった。




 「着いた~!」

 咲の声が響く。
 そこはトリネコの森にある「大空の樹」の下だった。
 大空の樹は、ここ夕凪の守り神としても祀られており、その横には小さな祠も設けられていた。

 咲が一人、先に大空の樹に向かって駆けて行く。

 「ここは…?」

 それは、くるみの声だった。
 その場所にいたのは咲だけではなかった。
 舞とくるみ、そしてテンコの姿がそこにはあった。
 テンコの鞄からは妖精のアルカードも顔をのぞかせている。


 「ここは咲と私にとって特別な場所なの。それに…」

 くるみの問いに舞が答えた瞬間、舞の表情が曇った。

 「満さんと薫さんとも…」

 「舞…」

 舞のその言葉に、くるみの脳裏にフィーリア王女の言葉が浮かんだ。


 「(テンコさん…、そして、くるみさん…、あなた達二人でしたら満と薫を救う事が出来るかも知れません…)」


 咲と舞の友人である満と薫の復活は、自分やテンコが握っているかも知れないと言うのだ。
 しかし、くるみにはその糸口さえ見えていない。
 それが現実だった。
 七つに分かれてしまった「プリキュア」の世界を再び一つにする。
 その使命の下、くるみとテンコ、そしてアルカードは、三つプリキュアの世界を旅してきた。
 しかし、この世界のプリキュアと繋がる絆、そして次のプリキュアの世界に向かう手掛かりについては、その予兆さえ感じ取れないでいた。


 「…」


 「くるみ~!テンコ~!こっち、こっち!」

 そんなくるみの気持ちを知ってか知らずか、先に行った咲が大空の樹の巨大な根の上から声を掛けてきた。
 そこには大空の樹の幹に身体を貼り付けた咲の姿があった。

 「みんな、私みたいに大空の樹にペッタンコして」

 「ペッタンコって…」

 くるみが咲の言葉に困惑の表情を浮かべながら答えた。
 そして、テンコに至っては、その事に対して全く興味がなさそうだった。


 「めんどくさい…」

 相変わらず、やる気を感じさせない決め台詞を零すだけだった。
 しかし、咲はそんな事に構わないかの様に大空の樹の幹に身体を付けたまま話し始めた。

 「この大空の樹に触れると、気持ちいいんだ~。私ね、嫌な事があって落ち込んだり、ムシャクシャすると、いつもこの樹にこうして張り付くの」

 「そうすると、不思議と気持ちが落ち着くんだよね~。いいから早く!騙されたと思って、ね?」

 その語り口は、普段元気一杯な咲からは想像出来ない穏やかで優しい、まるで子供を諭す母親の様な優しい語り口だった。
 そんな咲の言葉を聞いていた舞にも、いつしか笑顔が戻っていた。


 「行きましょ」

 そう言って、舞はくるみとテンコを促した。

 「ええ…」

 「はぁ…」

 テンコも溜め息をつきながらも、舞とくるみに続いた。

 大空の樹の幹に身体をくっ付ける咲と舞、くるみ、そしてテンコ。

 「どう?気持ちいいでしょ」

 咲に促され、くるみが目を瞑ると、くるみの脳裏に「5GoGo!」の世界での記憶が蘇ってきた。
 ココとナッツ、シロップ、そして、のぞみ達と過ごした日々が次々と浮かんでくる。

 テンコの脳裏には、かつて自分が旅をしてきた三つのプリキュアの世界で出会ったプリキュア達、そしてその世界に暮らす人々の姿が浮かんだ。
 そして、この「スプラッシュスター」の世界で過ごした日々の記憶が蘇る。

 みのり達と行った動物公園、そしてクリスマスパーティー。

 徐々に、くるみの口元が緩んでいった。
 そして、いつもへの字にしているテンコの口元にも僅かだが、変化を感じられた。

 そんなくるみに疑問が浮かんだ。
 身体は幹に預けたまま、咲に尋ねる。


 「ねえ?どうして私たちをここに連れて来たの?」

 「え?」

 くるみの質問に咲は、意外な顔をした。
 咲にはくるみの言っている意味が理解出来ていない様だった。
 そう思ったくるみは言葉を続ける。


 「咲と舞…、そして満さん、薫さんとの思い出の場所なんでしょ?」

 くるみのその言葉に咲の表情が少し寂しげに変わる。

 「うん…。ここは満と薫に初めて出会った場所…。そして…」

 咲は「別れた場所」と続ける事が出来なかった。
 しかし、直ぐにいつもの元気な表情に戻ると言葉を続けた。

 「私と舞もそうだったし、何か運命的かな~なんて。だから、二人を連れてきたかったんだ」
 「
それに、友達をお気に入りの場所に誘うのに、理由なんかいらないでしょ」

 「咲…」

 咲の言葉に、くるみの目が潤む。
 咲は、異なる世界から来た自分たちを受け入れてくれただけでなく、友達と呼んでくれたのだ。
 最初は全く信じてもらえなかった。
 そして、ケンカもした。
 その事を思えば、まさかこんな瞬間が訪れるとは、くるみには思いもよらなかった。
 テンコの表情には一見何の変化も見て取れなかったが、そう言った咲をただじっと見つめていた。


 「…」


 その時だった。
 咲たちのいる大空の樹の前に黒い穴が開いた。
 その穴の中には滅びの力が渦巻いている。


 「ラピ~!」「チョピ~!」

 その気配を感じ取ったフラッピとチョッピが「クリスタル・コミューン」から突然顔を出し、耳を逆立たせ、大声を上げた。

 「え!!??」

 フラッピとチョッピの突然の声に驚く咲たち。

 「来るラピ~!」「来るチョピ~!」

 その黒い穴の中から現れたのは、ダークフォールのナンバー2とも言える存在であるゴーヤーンの姿だった。

 「あなたは!」

 「ゴーヤーン!」

 だが、ゴーヤーンは咲たちに襲い掛かる素振りもなく、ただいつも通り、癖である手を揉む仕草を繰り返しながら、
 不敵な笑みを浮かべているだけだった。

 咲と舞が、この場所でゴーヤーンと会うのは、あの時以来の事だった。
 それは、忘れようにも忘れる事が出来ない辛い記憶。
 二人の脳裏に満と薫が連れ去られた時の事が、フラッシュバックの様に浮かび上がった。

 その時、今まで不敵な笑みを浮かべていたゴーヤーンが口を開いた。


 「プリキュア殿、お久しぶりでございます…。そして、そちらのお二人にはお初にお目にかかります…。私はゴーヤーンと申します…」


 そう言って、笑みを浮かべたままくるみとテンコを睨みつけた。
 その笑みが何を物語っているかは、くるみやテンコにも感じ取れていた。


 「くっ…!」

 「…っ!」

 「以後、お見知りおきを…」

 そう言い終えたゴーヤーンの身体から、突如滅びの力が溢れ出す。
 そんな中、アルカードはテンコの鞄の中で震えていた 。


 「(アワワワワ…)」


 それは、ダークフォールでゴーヤーンの姿を見た時のホンキダスと全く同じだった。
 このゴーヤーンがアクダーカーンの太鼓持ちでない事をアルカードは知っていた


 「あなた方のお陰で、アクダイカーン様は大層ご立腹でございます…」

 ゴーヤーンの言葉に咲と舞が怯まず言い返す。


 「そんなの関係ない!」

 「キャラフェを返して!」

 そんな咲や舞の叫びもゴーヤーンにとっては何処吹く風。
 二人の言葉を無視するかの様に言葉を続ける。


 「私は確かな結果を期待されて、ここに来ました…。フィーリア王女の居場所を聞きに来たのです…」

 「誰が教えるもんですか!」

 その咲の答えに、ゴーヤーンの両方の掌に滅びの力が集まっていく。

 「ならば力づくで聞きだすまで…。ハアァァア!!」

 その声と共にゴーヤーンの両手から放たれた闇の光弾が咲たちを襲った。

 「きゃぁぁあああ!!!」

 その攻撃による爆風が辺りを包み込み、咲たちの視界を奪う。
 爆風が晴れた時、先程までゴーヤーンがいた場所に、その姿はなかった。

 「プリキュアのお二人は…!」

 何とゴーヤーンの声は、咲と舞の後ろから聞こえてきたのだ。

 「はっ!!」

 ゴーヤーンの姿は咲と舞の背後にあった。
 二人には振り向く暇さえなかった。


 「アクダイカーン様がお呼びです…!」

 ゴーヤーンは、そう言うと咲と舞の腕を掴み、強引に引っ張った。

 「きゃあぁぁあああ!!」

 くるみとテンコが咲と舞の悲鳴に気付いた時、二人はゴーヤーンに腕を掴まれたまま、滅びの力が渦巻く穴の中へと引きずり込まれようとしていた。
 プリキュアに変身していない咲と舞には、それを防ぐ術はない。

 くるみとテンコは、咲と舞に向かって走り出す。

 「咲!舞!」

 「くっ!」

 「くるみ!」

 「テンコさん!」

 滅びの力が渦巻く穴の中に呑みこまれようとしている咲と舞が、くるみとテンコに手を伸ばした。
 その手をくるみとテンコが穴の中に呑み込まれる寸前で掴んだ。

 「やったわ!」

 咲の手を掴んだくるみの顔に笑顔が浮かんだ。
 しかし、それもつかの間。


 「きゃぁあああ!!!」

 ゴーヤーンの力によって、咲と舞の手を掴んだくるみとテンコごと、滅びの力が渦巻く、その暗い穴の中へと呑み込まれていった。
 それはまるで底なし沼の中に呑み込まれていくかの様にも見えた。




 「ん…」

 咲が目を覚ました。

 「みんな大丈夫?」

 「ええ…」

 咲が周りに声を掛けると、その声に舞が返事をした。
 どうやら、みんな気を失っていた様だった。
 周りは暗闇に包まれていたが、目がその暗さに慣れて行くにつれ、徐々に自分たちが置かれた状況を理解する事になる。
 そこは洞窟の中の様だった。

 咲と舞は、その場所に見覚えはなかったが、ここが何処であるかは直ぐに理解出来た。
 そう、ここは一筋の光も差す事のない滅びの国ダークフォールだった。
 二人は、過去に二度ここに来た事がある。
 一度目は、ゴーヤーンの手によって満と薫と共に連れて来られた時、
 そして二度目はゴーヤーンによって連れ去られたフラッピとチョッピを救い出す為に来た時だった。
 そう、今の状況は満と薫を失った時と全く同じ状況だったのだ。
 咲と舞の頭の中にくるみとテンコの姿が、アクダイカーンの力によって消される満と薫の姿と重なった。

 その時だった。
 二人は、そこにくるみとテンコの姿が見えない事に気付いた。


 「くるみ…!」

 「はっ!テンコさん…!」

 「くるみ~!」

 「テンコさ~ん!」

 咲と舞が何度もくるみとテンコの名前を呼んだが、二人の返事はなかった。
 ただ、二人を呼ぶ声が洞窟の中に響くだけだった。


 「どうしよう…」

 「まさか…っ!」

 咲と舞の脳裏に先程の満と薫の消える姿と重なったくるみとテンコの姿が浮かんだ。
 二人の表情がみるみる青ざめていく。

 「二人を捜しに行きましょ!」

 「うん!」

 舞の言葉に咲が頷いた時、クリスタルコミューンからフラッピが顔を出した。

 「あっちラピ!あっちで強い精霊の力を感じるラピ!」

 チョッピも続く様に顔を出す。

 「ピ!キャラフェかも知れないチョピ!」

 「え!?」

 フラッピとチョッピの思いがけない言葉に驚く咲と舞。
 そこに咲のショルダーバックからムープとフープも顔を出した。

 「確かに感じるムプ」

 「きっとキャラフェププ~」

 咲と舞は、お互いの顔を見合わせると、同時に頷いた。
 くるみとテンコの事は心配だったが、二人はアルカードと一緒のはず。
 「フェアリーキャラフェ」の力を感じたフラッピ達と同じ様にアルカードも精霊の力を感じたかも知れない。
 今、唯一の手掛かりは、それしかなかった。


 「兎に角、行ってみよ」

 「そうね」

 咲と舞は、フラッピ達が精霊の力を感じたという方向へと足を向けるのだった。



 「(くるみ…!起きるド…!)」

 気を失っているくるみの身体を揺らす者がいた。
 それはアルカードだった。
 目を覚ましたくるみが身体を起こす。


 「ここは…?」

 くるみの目が暗闇に慣れてくると、自分の置かれている状況が徐々に見えてきた。
 そこは洞窟の中の様に暗かったが、その場所はかなり開けた場所だった。
 まるで「ジュール・ヴェルヌ」の小説「地底旅行」の世界に迷い込んだかの様だった。
 だが、そこはそんなファンタジーに満ちた世界ではない。

 「(ここはダークフォールだド…)」

 くるみの問いに、アルカードが小声で答えた。
 この世界のプリキュアの敵、滅びの国ダークフォールにくるみ達は連れて来られたのだ。

 そんな中、テンコは既に目を覚ましており、ある一点を見つめていた。
 テンコの視線の先には、巨大な湖があった。
 その湖を見つめるテンコの表情は、いつもの気の抜けた表情ではなかった。
 湖を見つめるテンコの眼差しは、何処か悲しげにも見えた。


 その時、くるみが咲と舞たちの姿が見えない事に気付いた。

 「咲!?舞!」

 くるみが咲と舞の名前を呼んだが、二人からの返事はなかった。
 その時、アルカードが慌てて、くるみの顔にしがみ付いた。

 「(静かにするド…!咲と舞は、この辺りにはいないド…!)」

 くるみは顔に張り付いたアルカードを強引に引き剥がそうとしながら、言葉を続ける。

 「いないって、どういう事よ!早く捜しに行かなきゃ!」

 「(静かにするド…!あいつに見付かったら、大変な事になるド…!)」

 「もう…!あいつって誰の事よ!」

 顔からアルカードを引き離したくるみが、そう言った瞬間、アルカードの全身の毛が逆立った。

 「ド~~~!」

 アルカードは、静かにする様にと言っておきながら、自ら大声を上げてしまった。

 「お目覚めですか…。お二方(ふたかた)…」

 それは、くるみとテンコにも聞き覚えのある声だった。
 しかし、その声の主は二人にとって歓迎される存在ではなかった。
 二人の目前に広がる湖の湖面に、あの滅びの力が渦巻く暗黒の穴が浮かんだ。
 その声の主が、その穴の中から姿を現した。
 その声の主こそ、くるみ達をここダークフォールに連れてきた張本人ゴーヤーンだった。

 「くっ!」

 くるみとテンコが身構える。
 アルカードは地面に置かれてあったテンコの鞄の中へと逃げ込んだ。

 「あなた達は一体何者ですか…?この間からダークフォールをうろついてるネズミと同じですかね…。フフフフフ…」

 「あなたには関係ない事よ!」

 ゴーヤーンに怯む事なく、くるみが言い返した。
 だが、ゴーヤーンはその不敵な笑みを変える事はない。

 「ウッフフフフフ…、そうですか…。まあ、いいでしょう…。私はアクダーカーン様に呼ばれてますので、この辺で…」

 「アクダーカーン様がプリキュアに止めを刺すのを見届けなければなりませんからねぇ…」

 そのゴーヤーンの言葉に、くるみの表情が一変する。

 「え!?咲…!?舞…!」

 その時だった。
 ゴーヤーンの前にテンコが立ちはだかった。
 そして。

 「…行かせない…」

 それはテンコの言葉だった。
 その言葉にくるみやアルカードも驚きを隠せない。


 「テンコ…」

 「(テンコ…)」

 アルカードも思わず鞄の隙間から顔を出した。

 だが、ゴーヤーンの表情は全く変わる様子はない。
 相変わらず、不敵な笑みを浮かべている。


 「おやおや、残念ですねぇ…。ですがご安心下さい。あなた方のお相手はこちらにいらっしゃいますよ…」
 「後々、何か必要な事でもあるかと思って、眠らせたままにしておいたのですが…。まさか、こんな所で役立つとは…」

 ゴーヤーンは、その顔により邪悪な笑みを浮かべた。

 「ねえ、満殿…、薫殿…」


 ゴーヤーンの口から出た名前に、くるみとアルカードの表情が凍りつく。

 「ま、まさか…」

 くるみの想像は、直に現実となる。

 「フン!」

 ゴーヤーンが浮かんでいる真下の湖へ向けて、両手から滅びの力を放つ。
 その力は二本のロープの様に細く長く、湖の中へと伸びていった。

 そして、ゴーヤーンの両手から放たれた滅びの力が、湖の中で眠っていた満と薫を引きずり出した。
 しかし、満も薫も目を覚ます様子はない。

 「あれが満さんと…」

 「薫だド…」

 くるみの言葉にアルカードが続いた。
 テンコは、満と薫をただ見つめているだけで、その表情からは何も伺えない。

 「…」

 「ホッホホホ…。ですが、ミズ・シタターレ殿やキントレスキー殿を倒したあなた方に、この二人では役不足ですかねぇ…?」

 そう言うとゴーヤーンは、再び両手に滅びの力を集め始めた。

 「フン!」

 ゴーヤーンが両手を合わせる。
 そして徐々にその両手を離していった。
 その両手の中には、ある物が浮かび上がっていた。
 それは、植物の種の様に見えた。


 「あ…、あっ、あれは…っ!」

 それを見たアルカードが思わず声を上げた。
 その顔は青ざめている。
 くるみが、そんなアルカードに問いかける。


 「アル、あれが何か知ってるの!?」

 「あ、あれは…『絶望の実』だド…っ!」

 「絶望の実…?」

 くるみには聞き覚えのない言葉だった。
 「絶望の実」の存在を知っていたアルカードをゴーヤーンが睨みつける。
 それに気付いたアルカードは、直ぐ様、テンコの鞄の中へと戻っていった。


 「よくご存知ですねぇ…。そう…、これは絶望の実…。この実はこの様な力もあるのですよ…!」

 そう言うと、ゴーヤーンは、その絶望の実を空中に放った。
 すると、その実から無数の木の根の様な物が伸び、満と薫を呑みこんでいった。

 「あっ…!!ああああぁぁぁあああ!!」

 木の根の様な物に呑み込まれていく満と薫から悲痛の叫びが辺り一帯に響き渡る。


 「満さん!薫さん!」

 「くっ!」

 そして、絶望の実は、満と薫を呑み込み、巨大な人型と変化していった。
 その姿は、まるで神話に出てくる怪物「ゴーレム」の様だった。
 その大きさは、優に10メートルを超えていた。


 「ウザイナ~!」

 そのウザイナーと叫んだ怪物の両肩の上には、それぞれ満と薫の頭があった。
 それはまるで、その怪物の両腕が満と薫の身体で出来ている様にも見えた。
 満と薫の無残な姿を呆然と見つめるくるみとアルカード。
 その絶望的な表情を見届けたゴーヤーンの顔には、満足げで、そして邪悪な笑みが浮かんでいた。


 「では、私はアクダイカーン様の所に参るとしましょうか…」

 そう言うと、ゴーヤーンの真下の湖面に滅びの力が渦巻く穴が再び浮かび上がった。
 そして、ゴーヤーンの身体が、その穴の中へと沈んでいった。

 「くっ!」

 呆然としているくるみを余所に、ゴーヤーンの下へと駆け出すテンコ。
 だが、間に合わない。
 ゴーヤーンは、滅びの力が渦巻く穴の中へと消えてしまった。
 そして、何処からともなく、ゴーヤーンの声が辺りに響き渡る。


 「ああ、言い忘れてました…。その絶望の実は満殿と薫殿の力を吸収して動いてます…。このままほっておいても直に倒れるでしょう…」
 「満殿と薫殿の残り少ない命の炎と一緒にね…」

 その言葉にくるみが反応する。


 「何ですって…!」

 「プリキュア殿はどう思いますかねぇ…。大切なお友達が死んだと…。それとも、あなた達の手によってですかねぇ…。アッハハハハハ…」

 ゴーヤーンの気配は辺りから完全に消え去った。
 その呪いの言葉を残して。

 その時だった。


 「ウザイナ~!」

 満と薫を呑み込んだ絶望の実から生まれた怪物が、くるみとテンコの鞄に隠れているアルカードに向けて、拳を振り下ろした。
 くるみは、アルカードが隠れているテンコの鞄を掴むと、その拳をぎりぎりで避けた。

 振り下ろされた拳により、1秒前にくるみとアルカードがいた場所には、巨大なクレーターが出来上がっていた。

 くるみとアルカードがテンコと合流する。
 アルカードが隠れていた鞄から顔を出した。


 「テンコ!早くプリキュアに変身するド!」

 頷くテンコ。
 しかし、くるみは動こうとしない。
 そんなくるみに痺れを切らしたアルカードが叫ぶ。


 「くるみも早くミルキィローズに変身するド!」

 だが、そんなアルカードの言葉に、くるみは力なく答える。


 「そんな事…出来ない…。出来る訳ないでしょ…!…私には…、咲と舞の友達を倒すなんて…。私には出来ない…!」

 そう叫んだくるみの目には涙が溜まっていた。

 「くるみ…」

 くるみの叫びにアルカードは言葉を続ける事が出来なかった。
 しかし、テンコは腰のポーチに手を伸ばし、言い放つ。


 「…ならいいわ…。私がやる…」

 その言葉にくるみがポーチに伸びたテンコを腕を掴んだ。

 「あの二人は咲と舞の友達なのよ!あなたみたいに感情がない人には、それが分からないのよっ!…あっ」

 くるみは言ってはならない事を言ってしまった事に気付いた。

 「あっ…。あ、あの…」

 何とか言い訳しようと、しどろもどろするくるみだったが、言葉が出て来ない。
 テンコから目を逸らす事しか出来なかった。
 しかし、そんなくるみの言葉を全く気にしないかの様に、テンコが言葉を続けた。

 「…そうね…。私には感情がないから…、今のあなたの涙の意味は分からない…」

 「テンコ…」

 そう言うテンコを心配そうに見つめるアルカード。
 テンコは構わず言葉を続ける。


 「でもね…、こんな私でも…、守らなくてはならないものが何か位は分かる…」

 「テンコ…」

 その言葉に、くるみがテンコに目を向けた。

 「今、私が守りたいのは…、咲と舞の笑顔…。それには…あの二人が必要なのよ…」

 そう言って、テンコは怪物の一部となった満と薫を指差した。

 「テンコ…!」

 テンコの言葉を聞いたくるみが、涙を拭う。
 涙を拭い払ったその目には、今まで浮かんでいた絶望は消え去っていた。


 「分かったわ!満さんと薫さんは絶対に助け出してみせる!」

 そして、くるみは「ミルキィパレット」を構えた。


 「ブラシペン」で4つのボタンをタッチすると、ミルキィパレットのボタンに青い薔薇の紋章が浮かび上がる。

 「スカイローズ・トランスレイト!」

 くるみの周りを青い薔薇が覆い尽くす。
 その薔薇の花弁が舞い上がると、その花弁がミルキィローズのコスチュームに変化していった。

 「青い薔薇は秘密の印!ミルキィローズ!」



 テンコが腰に付けているポーチからカードを一枚抜き出した。
 そのカードには「キュアリアリー」の姿が描かれていた。
 カードを正面に翳すとテンコのベルトのバックル部分に「リアリー・ドライバー」が浮かび上がり、装着された。

 「トランスフォーム…プリキュア…」

 テンコがリアリー・ドライバーにカードを通す。

 「Ready to transform into a Cure…Realy」

 ドライバーから音声が流れると、ドライバーによって等身大に拡大されたカードがテンコの前にホルグラフィーの様に浮かび上がった。
 そして、そのホログラフィーがテンコの身体をすり抜けていく。
 ホルグラフィーがテンコをすり抜けると、そこにはキュアリアリーに変身したテンコの姿があった。


 「世界と世界を繋ぐ虹…キュアリアリー…」


 それは、テンコの声だった。
 力強さは全く感じられなかったが、テンコが初めて自ら名乗りを上げたのだ。
 
そんなテンコ、リアリーにミルキィローズ、そしてアルカードは驚きを隠せなかった。

 「リアリー…!!」

 だが、そんな余韻も許さないかの様に、満と薫を呑み込んだ怪物が、ミルキィローズとリアリーに襲い掛かる。


 「ウザイナ~!」

 怪物の攻撃を避けながら、ミルキィローズはリアリーに声を掛ける。

 「あの怪物から満さんと薫さんを切り離す事が出来れば…。リアリー!あの怪物を押さえる事出来る!?」

 ミルキィローズの声に、リアリーは黙って頷いた。
 そして、腰のポーチから一枚のカードを抜き出した。
 そのカードをドラーバーに通す。


 「Ready to transform into a CureLemonade

 ドライバーから音声が流れた。

 「プリキュア…メタモルフォーゼ…」

 ドライバーによって等身大に拡大されたカードが、リアリーの前にホログラフィーの様に浮かび上がり、リアリーの身体をすり抜けていった。
 カードがリアリーの身体をすり抜けると、リアリーは別のプリキュアに姿を変えていた。


 「弾けるレモンの香り!キュアレモネード!」

 それは「キュアレモネード」に変身したリアリーの姿だった。

 レモネードが胸の前で両腕をクロスさせると、その両手の甲にある蝶のマークが輝き、光を放つ。
 そして、レモネードの周りに無数の黄色い蝶が舞い、列となる。
 その蝶の列が、まるで二本のチェーンの様に繋がった。

 「プリキュア!プリズム・チェーーーーーーーン!」


 レモネードの掛け声と共に両腕から放たれたチェーンが、怪物の身体を絡め取った。


 「ウ、ウザイナ~!」

 だが、その怪物はレモネードの縛めを解こうと、身体に力を入れる。
 レモネードと怪物の一進一退の攻防が始まった。

 「長くは持ちません!」

 「分かったわ!」

 レモネードの言葉にミルキィローズが頷いた。
 ミルキィローズは、レモネードの縛めによって身動きが取れないでいる怪物の身体を飛び上がると、薫の顔がある左肩に取り付いた。


 「はああぁああ!」

 そして、ウザイナーの左肩を掴むと、薫をウザイナーの身体から引き剥がそうと、ありったけの力を込めた。
 その時だった。


 「きゃあぁぁぁあああ!」

 目を閉じ、眠っている様に見える薫から悲痛な叫びが上がった。

 「くっ!」

 その悲鳴にミルキィローズは、思わず怪物の身体から手を離してしまった。
 そして、バックジャンプすると、怪物との距離を取った。


 「ウザイナ~!」

 その時、ウザイナーが身体を封じているレモネードのチェーンを引きちぎった。

 「駄目…っ!まるで、あの怪物と薫さんが一体になってるみたい…。無理に引き剥がすのは危険だわ…」

 そう言って、ミルキィローズは肩を落とした。
 レモネードもリアリーの姿へと戻る。


 「…」

 正に打つ手なしと思った、その時だった。

 「ウザ…?」

 突然、怪物が片膝を付いた。
 何とか立ち上がったが、その動きは弱々しい。
 そして、再び膝を付いた。
 それがミルキィローズやリアリーから受けたダメージによるものとは、到底思えなかった。

 
「一体、どうしたっていうの…」

 ミルキィローズの疑問も最もだった。
 その時、ミルキィローズの脳裏にゴーヤーンが残した呪いの言葉が蘇る。


 「(その絶望の実は満殿と薫殿の力を吸収して動いてます…。このままほっておいても直に倒れるでしょう…)」
 「(満殿と薫殿の残り少ない命と一緒にね…)」


 「まさか…っ!?」

 「満と薫の命が…消えようとしてるド…」

 アルカードは、満と薫の消えゆく命を感じ取っていた。
 ミルキィローズは膝から崩れ落ちると、両手で地面を叩いた。

 「そんな…!私たちはこのまま二人が消えて行くのを見てる事しか出来ないの…!?」

 崩れ落ちたミルキィローズの瞳から零れ落ちた涙が、地面に落ちる。
 しかし、その涙は砂漠が水を吸収するかの様に、直ぐに地中へと吸い込まれていき、そこには何も残らない。
 それこそ、アクダイカーン、いや、ダークフォールが求める滅びの世界の象徴の様だった。



 「…チコ…、そこにいるんでしょ…」

 それはリアリーの声だった。
 その「チコ」という名前に、ミルキィローズが反応する。

 「え…!?」

 「隠れていても無駄よ…」

 暗闇の先に微かに見える岩陰に人影が浮かんだ。
 その人影が、ミルキィローズとリアリーに向かって歩いて来る。
 人影が近付くにつれ、その姿がはっきり見えてきた。
 それはキュアミラージュに変身したチコの姿だった。
 その肩には、妖精のホンキダスの姿もある。

 「ばれてたか…」

 ミラージュは、そう言ってばつの悪そうな顔をした。
 その声を聞いたアルカードが、隠れていた鞄から飛び出してきた。


 「ホ、ホンキダス…!よくもノコノコと出てきたド!」

 アルカードの言葉は、ミラージュと共に行動している妖精ホンキダスに向けられた言葉だった。
 しかも、それは罵声とも言える強い口調だった。
 だが、それに対してホンキダスも黙っていなかった。


 「ハンッ!お前こそ、そんなニセ救世主にくっ付いてみっともないダス!」

 しかし、アルカードも黙ってはいない。

 「何言ってるド!テンコこそ、本物の救世主だド!このバカ王子!」

 「チコが救世主に決まってるダス!このアホ王女!」

 「ド~!」

 「ダス~!」

 「うるさい…」「うるさい!」

 リアリーとミラージュの一喝で、アルカードとホンキダスの言い争いが終わった。

 「ド…」

 「ダス…」

 どうやら、アルカードとホンキダスは旧知の仲の様だった。
 しかし、今の言い争いが、この二匹の関係が良好でない事を現していた。

 ところが、アルカードとホンキダスの言い争いが終わったと思った途端、今度はミルキィローズがミラージュに咬みついた。


 「また、あなたなの!今度も私たちの邪魔しようって言うんじゃないでしょうね!」

 「は~あ?私がいつあなたの邪魔したかしら?」

 ミルキィローズの怒りを余所に、ミラージュは何食わぬ顔で答えた。


 「あなたねぇ…!」

 ミルキィローズが身体を震わせながらミラージュに突っかかろうとした瞬間、リアリーがミルキィローズの腕を掴んで制止させた。
 そして、ミラージュに声を掛ける。


 「時間がないの…。チコ…、あなたの力を貸して…」

 「へぇ~、お姉ちゃんが私に頼み事するなんてね~」

 ミラージュ、チコは、リアリー、テンコの事を「お姉ちゃん」と呼んだ。
 しかし、それに対して周りの驚きがないという事は、それがここにいる全員の周知の上である事が分かった。

 「お願い…。時間がないの…!」

 その懇願の言葉とは裏腹に、リアリーの鋭い視線がミラージュに突き刺さる。
 それは、ミラージュにして見れば、蛇に睨まれたカエルの様な心境だった。
 リアリーの有無を言わせない気迫に、先程までミルキィローズを軽くあしらっていたミラージュの余裕は消え去っていた。


 「うっ…。わ、分かったわよ…。一個…、一個貸しだからね!」

 リアリーの気迫に押されたミラージュが、嫌々ながら応じた。
 しかし、それに納得していなかったのは、ミラージュではなく、ミルキィローズだった。


 「リアリー!こんな人に!」

 ミルキィローズがリアリーに意見しようとした、その時だった。
 リアリーがミルキィローズの腕を強引に引っ張った。


 「ちょ、何!?」

 突然の事に動揺するミルキィローズに、リアリーが指示する。

 「いいから…、そこに立って…。時間がない…」

 そう言ってミルキィローズを立たせたリアリーが腰のポーチから二枚のカードを抜き出した。
 しかし、ミルキィローズは突然の事に頭が付いていっていなかった。

 ミルキィローズがリアリーに文句を言おうと口を開いた瞬間、辺り一帯に悲鳴が響き渡った。


 「あっ…!ああああぁぁぁあああ!!」

 それは怪物の一部と化した満と薫が発した悲痛な叫びだった。
 その断末魔にも聞こえる二人の叫びに、ミルキィローズの表情が一変する。
 リアリーの言った通り、満と薫には時間が残されていない事がミルキィローズにも分かった。


 「くっ…!分かったわ…!」

 ミルキィローズは、リアリーに指示された通りの場所に留まった。
 それを確認したリアリーが、ポーチから抜き出した二枚のカードを、続け様にドライバーに通した。


 「Ready to transform into a CureBlack
 「Ready to transform into a CureWhite

 ドライバーの音声と共にリアリーとミルキィローズの前に拡大された二枚のカードがホログラフィーの様に浮かび上がる。
 その時、リアリーがミルキィローズをその片方のカードに向けて突き飛ばした。

 「ちょっ、ちょっ、な、何なのよ~!」

 リアリーに突き飛ばされたミルキィローズが、そう言いながら浮かび上がる片方のカードへと突っ込んで行った。

 「デュアル…オーロラウェイブ…」

 その声に応えるかの様にリアリーの身体を、片方のカードのホログラフィーが通り抜けた。
 そして、リアリーに突き飛ばされたミルキィローズも、もう片方のカードのホログラフィーに突っ込み、それを通りぬけた。

 ホログラフィーを通り抜けたリアリーとミルキィローズは、別のプリキュアへと姿を変えていた。
 リアリーとミルキィローズが変身したプリキュアが名乗りを上げる。


 「光の使者!キュアブラック!」

 「光の使者!キュアホワイト!」

 「二人はプリキュア!!」

 「闇の力の僕(しもべ)たちよ!」

 「とっととお家に帰りなさい!」


 「(ええぇえ!?私、何言ってるの~!?)」

 それはホワイトに変身したミルキィローズの心の声だった。
 そこに立っていたのは、ブラックに変身したリアリーと、ホワイトに変身したミルキィローズの姿だった。
 ミルキィローズは、他のプリキュアに変身するリアリーには見慣れていたが、まさか自分自身が他のプリキュアに変身するとは思ってもいなかった。
 これは、リアリーと共にプリキュアの世界を旅してきたミルキィローズにとっても、初めての経験だったのだ。



 ミラージュが腰のポーチから一枚のカードを取り出した。
 そのカードを見たミラージュが、思わず息を呑む。
 そして、そのカードを「ミラージュ・ドライバー」に通した。

 「Read complete ShinyLuminous

 ミラージュの前に拡大されたカードが浮かび上がる。

 「…」

 ミラージュがゆっくりと目を閉じる。
 そして両手を前に突き出し、右手の親指と人差指を立てて、左手をそっと右手首に添える。
 そのポーズは拳銃を撃つ様なポーズを取っている様にも見える。
 この一連の行動は、いつもと全く同じだったが、その一つ一つの動きがいつもよりゆっくりだった。
 まるで太極拳の様にゆっくりとした動きだった。
 しかし、それは集中しているかの様にも見えた。


 だが、ミラージュは最後のポーズを取り、目を瞑ると、そこから一向に動こうとはしない。
 その様子を心配したホンキダスがミラージュに声を掛ける。


 「ミ、ミラージュ…!」

 「黙って…!このカード…、コントロールが難しいんだから…」

 ミラージュの言葉に、ホンキダスは慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 次の瞬間、ミラージュが閉じていた目を見開いた。


 「…SHOOT…」

 その声と共に右腕に装着されたドライバーから人差指を伝って放たれた光が、目の前のカードを打ち抜いた。
 そのカードから、その光に押し出される様に一人のプリキュアが姿を現した。
 それはまるで、プリキュアがカードという扉を潜って現れたかの様にも見えた。


 「輝く命!シャイニールミナス!」
 「光の心と光の意思!全てを一つにする為に!」


 「お姉ちゃん…!急いで…!長くは持ちそうにない…」

 ミラージュが右手を構えたまま、ブラックに変身したリアリーに叫んだ。
 その額には汗が浮かんでおり、その言葉が決して大袈裟ではない事が明らかに見て取れた。

 ブラックが、その声に頷く。


 「ルミナス!!」

 ブラックとホワイトの声に応えるかの様に、ルミナスの手に「ハーティエル・バトン」が舞い降りた。
 ハーティエル・バトンから放たれた膨大な虹色の光がブラックとホワイトを打ち抜く。
 その溢れる光の中、ブラックとホワイトが構える。


 「漲る勇気!」

 「溢れる希望!」

 「光り輝く絆と共に!」

 ブラックとホワイトが手を繋ぐ。

 「エキストリーーーム!!」

 「ルミナリオーーーーーー!」

 ルミナスの掛け声と共にブラックとホワイトの前に虹色のハートが現れる。
 その虹色のハートに向けてブラックとホワイトが手を突き出した瞬間、そのハートから光が溢れ出した。

 光が激流となり、満と薫を呑み込んだ怪物へと放たれた。


 「ウ、ウザイナ~!」

 ブラックとホワイトが放った光によって絶望の実が変化した怪物は浄化された。
 そして、身体を失った怪物から解放された満と薫の身体だけが、空中に残った。

 落ちてくる満と薫の身体をブラックとホワイトが素早く受け止めた。


 「もう…、駄目…」

 ミラージュが全ての力を使い切ったかの様に、その場にへたり込んだ。
 その瞬間、ルミナスも消え去った。


 「ミラージュ!」

 戦いを岩陰に隠れて見守っていたホンキダスが、へたり込んだミラージュの下に駆け寄って行った。


 「満さん!薫さん!」

 元の姿に戻ったミルキィローズとリアリー。
 ミルキィローズは、自らとリアリーの腕の中にある満と薫に向かって叫ぶ。
 しかし、二人から何の反応もない。

 ミルキィローズは、何度も二人の名前を叫んだが全く同じだった。
 それどころか、満と薫の身体が徐々に透けていった。
 二人の胸元で赤く輝いていたペンダントからも、徐々に色が消えていく。

 「な、何なの…!」

 突然の出来事に動揺するミルキィローズ。
 そして、消え行こうとする満と薫を見つめるアルカードが重い口を開く。


 「遅過ぎたド…。もう二人に残されてた力はなっかたんだド…」

 「そんな…」

 「それを知ってて…ゴーヤーンは二人に絶望の実を使ったんだド…」

 ゴーヤーンの完全なる策略だった。
 元々、ゴーヤーンにとって満と薫は捨て駒だったのだ。
 満と薫を吸収した怪物が、ミルキィローズとリアリーを倒せば、それで良し。
 その事が、咲と舞、プリキュアに動揺をもたらす。
 そして、満と薫を吸収した怪物がミルキィローズとリアリーによって倒されたとしても、それはプリキュアの動揺をもたらす事になる。
 どちらに転んだとしても、ゴーヤーンの勝利に変わりはなかったのだ。

 「くっ…!」

 自分たちの敗北を知ったミルキィローズの瞳から涙が零れ落ちる。
 リアリーも消え行こうとする満と薫を、ただ見ている事しか出来ないでいた。
 その時、ミルキィローズの叫びが辺り一帯に響く。


 「何とか言いなさいよ!咲と舞と会うんでしょ!」

 しかし、ミルキィローズの叫びにも満と薫は答える事はない。
 そこには消え行こうとする満と薫の姿があるだけだった。
 そして、遂に二人の胸元にあったペンダントから完全に色が消え、ペンダントにひびが入った。
 その途端、二人の身体が急速に消え始めた。


 「私は…どうすればいいの…。どうしたら、二人を助ける事が出来るの…。何とか言って…お願い…」

 そう言って泣き崩れるミルキィローズ。
 「アナコンディ」によって石像にされた「キュアドリーム」達を見た時の絶望が、再びミルキィローズの脳裏に蘇った。

 その時だった。


 「満さん…、薫さん…、あなた達には聞こえないの…あの二人の声が…」

 それはリアリーの声だった。
 だがそれは、普段小声でぼそぼそとしか喋らないリアリーの声ではなく、ハッキリとした声だった。

 「リアリー…」

 泣き崩れていたミルキィローズが顔を上げる。
 しかし、リアリーのその声にも満と薫は何も答えない。
 二人の身体は、既に殆どが消え去り、僅かに身体の線が見えるだけという状態までに至っていた。
 それに構わず、リアリーは言葉を続ける。


 「あの二人の声があなた達には聞こえないの!?あの二人はどんなピンチの時でも絶対に諦めない!」
 「今もきっと二人で戦ってる!誰かの為に頑張ってる!二人で力を合わせて!」

 「リアリー…」

 リアリーの魂の叫びに、アルカードの目から涙が途切れる事はなかった。

 「あなた達には…あの二人の声が聞こえないの!」

 「リアリー…」

 それは、ミルキィローズも同じだった。

 その時、消えゆく満と薫の指が微かに動いた。


 「(咲の…声…)」

 「(舞の…声…)」


 リアリーの脳裏に大空の樹の下での咲の言葉が蘇る。


 「(それに、友達をお気に入りの場所に誘うのに、理由なんかいらないでしょ)」


 そして、この世界で見た、咲と舞の笑顔が次から次へと浮かび上がった。

 「私は…、咲と舞…、二人を絶対に…泣かせない!」

 その時だった。

 リアリーの瞳から涙が零れ落ちた。

 「リアリーが…、テンコが…!」

 「泣いてる…!」

 アルカードとミルキィローズの驚きは当然だった。
 感情を失っているはずのリアリー、テンコが涙を流していたのだ。

 「テンコは…、テンコは…、無くした感情の一つ…、『悲しみ』の感情を取り戻したんだド…」

 テンコはなくした感情の一つ「悲しみ」を取り戻したのだ
 その時、リアリーの頬から零れ落ちた二粒の涙の滴が輝き始めた。

 そして、その二粒の涙の滴が、光り輝く二つの丸い宝石へと変化し、リアリーの前に浮かび上がった。

 「あ、あれは…『奇跡の滴』だド…!」

 「あれが…奇跡の…滴…」

 ミルキィローズは、この「奇跡の滴」の事をフィリーア王女から聞き及んではいたが、実際に目にするのはこれが初めてだった。
 その美しさに思わず心を奪われそうになる。
 コロネ、ムープ、フープ、そしてフィーリア王女、みんなの想いが詰まった奇跡の滴が、何故かリアリーの流した涙から現れたのだ。
 その時、ミルキィローズの脳裏にフィーリア王女の言葉が浮かんだ。


 「(ただ…消えてしまった奇跡の滴の力…。その奇跡の滴の力を微かですが、テンコさんから感じる事が出来るのです…)」



 「テンコ…」

 リアリーを見つめるミルキィローズの心を様々な思いが交差する。

 だが、リアリー、テンコが流した涙を見て、快く思っていない者が、そこにはいた。
 それは、テンコの事を姉と呼ぶ、ミラージュ、チコだった。

 「(チッ…!)」


 リアリーの流した涙を見て、ミラージュが舌打ちをした。


 「(チコ…)」

 そしてその横には、そんなミラージュを心配そうに見つめるホンキダスの姿があった。



 満と薫は真っ暗い闇の中にいた。
 そこは風を感じる事もない、光が差す事もない暗黒の世界だった。
 その時、何処からか二人の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 「(声が…聞こえる…)」


 「(誰かが…呼んでる…)」

 「(満…!)」

 「(薫さん…!)」

 その時、その暗黒の世界の中心で何かが輝いた。
 その瞬間、その光があっという間に暗黒の世界に広がっていった。
 そして満と薫は、その光の中に咲と舞の笑顔を見た。


 「(咲!)」

 「(舞!)」


 ミルキィローズとリアリーの腕の中で消え去ろうとしている満と薫。
 その時、満と薫の目が突然開いた。

 そして、宙に浮かんでいた奇跡の滴が、それに応えるかの様に満と薫の胸元にあるペンダントの中に吸い寄せられていった。
 満と薫のペンダントに奇跡の滴が吸い込まれた瞬間、満と薫のペンダントから真っ赤な光が溢れ出した。

 「…!」

 「満さん…!薫さん…!」

 その光は、ミルキィローズとリアリーが正視出来ない程、強烈な光だった。
 そして、満と薫がその赤い光に包まれ浮かび上がった。

 その姿は、さっきまで消えかけていた満と薫の姿ではなかった。
 生気ある二人の姿だった。
 そして二人は、手を繋ぐと、何処かへと飛び立っていった。

 満と薫が飛び去っていく中、二人の視線がリアリーとミルキィーローズと一瞬交わった。

 遠く輝く赤い二つの星の様にしか見えなくなった満と薫を、いつまでも見送るミルキィローズとリアリー、そしてアルカード。
 そんな中、アルカードが口を開いた。


 「あの二人は何処に行くド?」

 「そんなの決まってるでしょ。ねえ?」

 ミルキィローズが笑顔でリアリーに振る。

 「…知らない」

 そう言って顔を逸らし涙を拭うリアリーの顔には、微笑みが浮かんでいた。


 その時、リアリーの腰に付いているポーチが虹色の光を放った。
 リアリーがそのポーチの中から光を放つ四枚のカードを抜き出す。
 それは何も描かれていない真っ白なカードだった。
 その時、そのカードに徐々に何かが描かれていった。
 それはまるで見えないペンでイラストが描かれていくかの様だった。
 カードに描かれたのは「キュアブルーム」、「キュアイーグレット」、そして月と風の力を得た「満」と「薫」の姿だった。

 「これは…」

 「この世界のプリキュアと心が通じ合った証だド!」

 ミルキィローズとアルカードが笑顔でハイタッチした。


 その時だった。
 突然、リアリーの持っていたカードの内、二枚をミラージュが奪い取り、駆け出した。


 「ちょ、ちょっと、何するのよ!」

 「これは、さっきの貸しの分よ!じゃあねぇ~」

 ミルキィローズの制止も聞かず、ミラージュは二枚のカードを持ったまま、満と薫が嘗て眠っていた湖へと飛び込んだ。

 「待つダス~!」

 ホンキダスもミラージュの後を追って、湖に飛び込んだ。

 「待ちなさい!」

 ミルキィローズとアルカードがミラージュとホンキダスが飛び込んだ湖の湖面を覗くと、そこには虹色に輝く扉が開いていた。

 「あそこが、次の世界への扉だド…」

 「リアリー!」

 ミルキィローズの呼び掛けにリアリーが黙って頷く。
 そのリアリーの手にはブルームとイーグレット、二枚のカードが残されていた。

 湖面に浮かぶ虹色の扉に向けて飛び込むミルキィローズ。

 「(咲…、舞…、満さん…、薫さん…)」

 その脳裏に咲と舞、そして、この世界に来て出会った人々と、その思い出が浮かんでいく。

 咲と舞、フラッピとチョッピとの出会い。
 コロネ、ムープ、フープ、フィーリア王女との出会い。

 ミルキィローズに続いて、アルカードも湖面へと飛び込む。

 夕凪中学のクラスメート達、みのりと行った動物公園、クリスマスパーティー。
 そして、満と薫との出会い。

 この世界での思い出が、三人の心の中を次々と流れていった。

 その想いを胸に抱き、次のプリキュアの世界へと旅立つミルキィローズとアルカード。

 最後にリアリーが湖の畔に立った。
 リアリーは振り返ると、何も見えない暗い空間に向けて、口を動かした。
 そして、湖面に浮かぶ虹色の扉へと飛び込んだ。


 「また…ね…」





 キャスト
 高尾天子(キュアリアリー)/声:千葉千恵巳
 高尾地子(キュアミラージュ)/声:石毛佐和
 アルカード/声:TARAKO
 ホンキダス/声:矢尾一樹

 美々野くるみ(ミルキィローズ)/声:仙台エリ


 日向咲/声:樹元オリエ
 美翔舞/声:榎本温子
 フラッピ/声:山口勝平
 チョッピ/声:松来未祐
 霧生満/声:渕崎ゆり子
 霧生薫/声:岡村明美


 ゴーヤーン/声:森川智之
 怪物(ウザイナー)/声:渡辺英雄


 キュアレモネード/声:伊勢茉莉也
 キュアブラック/声:本名陽子
 キュアホワイト/声:ゆかな
 シャイニールミナス/声:田中理恵


 ドライバー/声:Beckii Cruel





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