「プリキュア テレビアニメ10周年記念作品」SS編 第3話
冬も本番となったある日。
海原市の郊外にある「美岳動物園公園」行きのバス(日向崎経由)が走っている。
そのバスは山間部の山道を登り、橋を越え、目的地の動物公園に向かって走っていた。
バスの中には、動物公園に向かう家族連れの姿が目立つ。
その乗客の中に、咲と舞、みのり、そして、くるみとテンコの姿があった。
テンコ、みのり、くるみがバスの最後尾の座席に座り、舞と咲がその一列前に座っていた。
そんな中、みのりは今日の為に用意したおやつをリュックの中から取り出し、一つ一つくるみに説明する。
だが、くるみは何処か上(うわ)の空だった。
それはテンコも同じだが、テンコの上の空はいつもの事である。
「これは~、ちょっとお腹が空いた時のバナナでしょ。それから甘い物が食べたくなったら、チョコと~」
「チョコ…?」
くるみがみのりのチョコという言葉に思わず反応する。
「くるみお姉さんも、チョコ好きなんだ~。ねえねえ、くるみお姉さん達は、どんなおやつ持ってきたの?」
「え?何?」
みのりは、くるみが自分の話を聞いていなかった事に気付き、ムッとした表情に変わった。
「あ、ひど~い。みのりの話、聞いてなかったの~?」
「みのり、静かにしなさい!」
バスの中ではしゃぐみのりを咲が注意し、くるみに謝る。
「ごめんね、うるさくて~」
咲に怒られたみのりを舞が素早くフォローする。
以前、咲がみのりにきつく当たった時も、みのりの気持ちに真っ先に気付いたのは、みのりと同じ妹という立場である舞だった。
「みのりちゃん、今日はどんな動物の絵を描くの?」
「まだ決めてないの。どんな動物なら上手に描けるかな~?」
「みのりちゃんが描きたいと思った動物を描けばいいのよ。きっと上手に描けると思うわ」
舞は、そう言って微笑んだ。
舞の笑顔にみのりにも笑顔が戻った。
「本当?」
「うん。頑張ろ」
「は~い」
今日は、みのりが学校で出された宿題の絵を描く為、動物公園に向かっていたのだ。
咲と舞、そしてくるみとテンコは、その付添だった。
「流石、舞。いい事言うね。描きたいと思ったものを描く、食べたい時に食べたい物を食べる。それが一番…よね!」
「お姉ちゃん…いつも食べる事ばっかり」
「うっ!そうだっけ~?」
咲とみのりのやり取りを笑う舞。
しかし、くるみとテンコは上の空のままだった。
そんな二人の様子に舞が気付く。
テンコは兎も角、昨日咲の部屋に寄ったくるみ達を動物公園に誘った時、くるみは興味深々の様子だった。
だが、今のくるみの様子は、昨日とは全く異なっていた。
「…」
「美岳動物園公園」に着いたバスのドアが開いた。
子供たちが我先にと飛び出していく。
それは、みのりも同じだった。
みのりは、くるみの手を引き、駆け出した。
「早く、早く~!」
みのりに急かされる様に動物公園のゲートを潜るくるみ。
そして、それに咲と舞、テンコが続く。
今日は休日の上、天気も良好という事もあり、動物公園の敷地内は家族連れで溢れていた。
敷地に入って直ぐにある動物公園の看板でもある大噴水が、来園者を迎えている。
お目当ての場所へと急ぐみのりと、みのりに手を引っ張られながら付いて行くくるみ。
その後を咲と舞、そしてテンコが付いて行った。
その様子を影から、ある意味、堂々と伺う者がいた。
それはダークフォールの幹部ミズ・シタターレだった。
シタターレは、得意の変装を使い売店の店員に化けていたのだ。
「ようこそ、楽しい動物公園へ」
そんな事はつゆ知らず、動物公園内に進むみのり達。
みのり達を歓迎するかの様に、大噴水が大きく水を噴き上げるのだった。
咲たちの様子を伺うシタターレがいる売店の裏口。
そこに向かって、モグラの様に土の下を移動する物があった。
その移動物からは鼻歌が聞こえる。
地中を移動しているその移動物は、動物公園の金網を破り、なんなく敷地内へと侵入した。
そして、売店のコンクリートを突き破って顔を覗かせた。
「フフフフ、フフ~ン♪登場!おっほっほ~ほ、ほほ」
それはミズ・シタターレと同じダークフォールの幹部ドロドロンだった。
ドロドロンの目に店内に設置してあるポップコーン調理機が映った。
その中には美味しそうな出来たてのポップコーンが見える。
「ん~、あの~ポップコーン一つ下さ~い」
そう言うドロドロンをシタターレがチラ見した。
そして、視線を再び外に戻すと。
「ん?売り切れよ」
そっけなく答えた。
そんな態度のシタターレにドロドロンも食い下がる。
「嘘だね!いっぱいあるじゃんか~!」
「お前に売るポップコーンはない!」
そう言って、シタターレはドロドロンに睨みを利かせた。
「ショボボ~ン…」
どすの利いたシタターレの一言に、しゅんとするドロドロン。
シタターレは、ドロドロンに目を向ける事もなく、言葉を続ける。
「いい事…、今日は私(わたしく)のやりたいようにやるから、くれぐれも足を引っ張らないでちょうだいね…」
「げ~!足引っ張るのは得意技なのにな~!」
「折角、復活出来たんだから…、今度こそ…!」
プリキュアへの怒りに震えるシタターレ。
初めてプリキュアと拳を交えた時、シタターレの力はプリキュアを圧倒していた。
だが、新たな力を手にしたプリキュアの前に連戦連敗。
何度も苦汁を飲まされてきたのだ。
最後にはプリキュアによって浄化されてしまうという屈辱をも受けた。
「フェアリー・キャラフェ」の力によって蘇った今、汚名を返上する絶好の機会なのだ。
それはドロドロンにとっても同じだった。
「僕もねぇ…!プリキュアに思い知らせてやるんだよ…!」
握り拳に力を込めるドロドロン。
だが、シタターレの口から思わぬ言葉が飛び出す。
「アンタは私(わたしく)の足手まといにならない様に気を付けれいれば…、それでいいの!分かったわね!」
そう言って、ドロドロンを再度睨みつけた。
それはドロドロンにとっては心外な言葉だった。
シタターレはドロドロンをまるで自分の部下の様に見ていたのだ。
「僕も凄いやる気満々なのに…」
ドロドロンは小声で呟いた。
シタターレの態度に納得出来ないドロドロンだったが、だからと言って堂々とシタターレに反論する勇気もない。
これがシタターレに対する精一杯の反抗だった。
だが、シタターレはドロドロンの言葉に聞く耳など持っていない。
「あ!?分かったら返事をしなさい!返事を!」
そう言って、再びドロドロンを睨みつけた。
「…。分っかりませ~ん♪」
ドロドロンは、そう言い残すと土の中に潜り、何処かへ姿を晦ました。
ドロドロンからの思わぬ反撃を喰らったシタターレの表情が怒りに歪む。
「ぐっ!!カッチ~ンて、来た!」
動物公園内の「ふれあい広場」。
ここは小動物や小型の草食動物と直接ふれ合える人気のコーナーだった。
多くの人がゲージの中で放し飼いにされている動物たちとふれ合っていた。
そこに、みのり達の姿もあった。
放し飼いにされているウサギやモルモットに餌のキャベツを差し出すみのり。
小さな動物たちがその餌に寄って来た。
「うっわ~。可愛い~。お姉ちゃん達もやってみなよ~」
「よ~し!やってみよ~」
みのりに促され、一緒に餌をやる咲。
だが、くるみとテンコは相変わらず上の空だった。
舞が再びその様子に気付いた。
「あっ…」
くるみの表情には、何処か深刻ささえ感じて取れた。
テンコのローテンションはいつも通りだが、くるみの様子は朝からおかしかった。
だが、咲とみのりは、そんな事に気付く事もなく、動物たちとのふれ合いを楽しんでいた。
「可愛い~!!」
その時だった。
「お腹空いたラピ~」
突然のフラッピの声が響いた。
その事に慌てる咲と舞。
「ラピピピ~!」
何とか誤魔化そうとする咲だったが。
「チョッピもお腹空いたチョピ~」
チョッピも加わり、慌てふためく舞。
「あっ!あああ~」
「チョ、チョ、チョ、チョ、チョピ~、ラ、ラピ~、ラピ~」
咲も何とか誤魔化そうと必死だった。
だが、事情を知らないみのりは、そんな咲たちの行動に怪訝な表情を浮かべた。
「お姉ちゃん、変な声出して、どうしたの?」
「うあ~、チョ、チョ、チョ、チョピーピー。あっ、あっ、あっちにゾウさんがいるラピ~」
「あ、ホントね、チョピ~、ラピ~」
そう言って咲と舞は急いで場所を変えるのだった。
「二人ともはしゃいじゃって、子供みたい」
走り去っていく咲と舞を見ながら、みのりが呆れた表情で、そう言った。
咲と舞の姿は、敷地内の雑木林の中にあった。
そこは通りから離れている事もあり、人影は全くなかった。
「んも~、急に言わないでよ~」
咲は、駄々をこねる子供に言い聞かせるようにフラッピに注意した。
「だってお腹空いたラピ~」
「早くお世話してほしいチョピ」
しかし、咲の注意も空しく、お世話をせがむフラッピとチョッピ。
そんな二人に咲も諦めた顔になった。
「ちょっと待ってて。はいはい」
「はいはい」
そう言いながら咲と舞は、「クリスタル・コミューン」を振り、ヘッドのボール部分に息を吹きかけた。
すると、フラッピのクリスタル・コミューンから小さな光の珠が飛び出し、それが精霊の形を模った。
それは精霊「ニギニギ」だった。
その名の通り、外見は三角おにぎりの様な姿をしている。
「ニッギ、ニッギ、ニギ~。ヨ~」
ニギニギの掛け声と共に指先から放たれた小さな精霊の光が、フラッピとチョッピのクリスタル・コミューンに降り注いだ。
そして、フラッピとチョッピが精霊の姿に戻ると、その手には中華料理のチャーハンがあった。
しかし、チョッピとフラッピはそれに不満の様だ。
「チャーハンもいいけど…」
「今日はカレーライスが食べたい気分ラピ」
「も~、はいはい」
そんなフラッピ達の我がままに呆れる咲だったが、フラッピ達の要望通り、咲と舞は再度息を吹きかけた。
すると、ニギニギが再び空中へ浮かび上がり、フラッピとチョッピのチャーハンへ小さな精霊の光を振りかける。
「ヨ~」
すると、フラッピとチョッピの持っていたチャーハンが、カレーライスへと変化したのだ。
「うわ~い!いただきますラピ」「いただきますチョピ」
美味しそうにカレーライスを頬張るフラッピとチョッピ。
その時、咲のショルダーバッグからムープとフープが飛び出してきた。
「ムプ~」
「ププ~」
「ちょ、ちょっとアンタ達~」
そのまま何処かに飛び去ろうとするムープとフープを咲が飛び止めた。
咲に呼び止められたムープとフープは足を止め、振り向いた。
「ムプ?」「ププ?」
「ど、何処行くの!?」
「色んな動物見てくるムプ」
「楽しそうププ~」
「見つかったらどうするの!?」
「見付からないようするムプ」
「大丈夫ププ~」
咲の心配を余所に、ムープとフープは、そう言うと何処かへ飛んで行った。
「あ~!ね、ちょ、ちょ~!はぁ~。まあ、はしゃぐ気持ちも分かるけどね~」
そう言って、諦めの溜め息を吐く咲だった。
その時、舞が咲に心に引っかかっていた疑問を投げかける。
それは、朝から様子のおかしかったくるみについての事だった。
「ねえ、咲。くるみさん、今日様子が変だとは思わない?」
「変て?」
「朝からずっと元気がないような気がして」
「う~ん…、そう?」
普段から絵を描いている舞の洞察力に比べ、咲はどうもその辺が弱いのか、そっけない返答をする事しか出来なかった。
その頃、くるみとテンコは、みのりと一緒に猿山の猿を眺めていた。
そこへフラッピとチョッピのお世話を済ませた咲と舞が合流する。
「みのり~」
「あ!お姉ちゃん、早く、早く~。サル、サル~」
咲たちの姿に気付いたみのりが、咲たちに手を振った。
みのりが再び猿山に目を向けると、そこでは一匹の大きな猿と二匹の猿が威嚇し合っていた。
「あっ、ケンカしてる!」
みのり達と合流した咲と舞も猿山を覗きこんだ。
そこでは、みのりの言う通り一匹の大きな猿と二匹の猿の姿があった。
「あっ、ホントだ~。あの大きいのがボス猿かな~?」
咲が声を上げた時、ボス猿と思われる大きな猿が二匹の猿に飛びかかった。
ボス猿の突然の攻撃に二匹の猿も驚いた様だったが、それはみのりも同じだった。
「あ!ボスが怒った~!大丈夫?ボス猿怒らせちゃったよ!?」
そんなみのりを安心させようと、舞が猿山の猿同士の関係性について語り始めた。
「大丈夫よ。ボス猿はここで暮らす猿の群れにとっては、お父さんなの。家族みたいなものだから、また直ぐ仲良くなれるわ」
その舞の言葉にくるみとテンコが反応する。
だが、猿山での出来事に目が行っている咲や舞は、その事に気付かなかった。
「へぇ~、そうなんだ~」
舞の解説に感心する咲。
その時、猿山では舞の言った通り、怯える二匹の猿に寄って行くボス猿の姿があった。
それを見たみのりと咲が感嘆の声を上げる。
「あ、ホントだ」
「舞の言う通りだ~」
その様子を見ていたくるみとテンコの脳裏に各々の想いが浮かび上がる。
「(家族みたいなものか…)」
くるみの脳裏に「5GoGo!」の世界に残った仲間たちの姿が次々と浮かび上がった。
「(ココ様…、ナッツ様…、みんな…)」
テンコの脳裏には、あの幼い少女の姿が再び浮かび上がった。
みのりよりも小さな少女がテンコに呼びかける。
「(お姉ちゃん…)」
「…」
その時、猿山から目を逸らしたくるみとテンコの目が合った。
しかし、テンコは直ぐにくるみから目を逸らす。
そんな事には全く気付いていないみのりが元気に声を上げる。
「ねえ!おサルさん描きたい!ここでお絵描きしてもいい?」
「いいよ」
「やった~!」
咲から了解を得たみのりは、早速絵を描く為の場所を探しに走って行った。
それを機に、舞がくるみとテンコに問いかける。
勿論、それは舞が朝からくるみ達に感じていた違和感についてだ。
「ねえ、どうかした?」
「どっか具合でも悪いの?」
「別に何でもないですわ…」
咲も舞に続いたが、くるみはそっけなく答えるだけだった。
そして、くるみはみのりの所へと歩いて行った。
テンコも、そんなくるみに続いた。
「ごっしごっしキッレイにしっましょ~♪」
それは猿山の清掃員に変装したドロドロンの声だった。
ドロドロンは、猿山のコンクリートの床をデッキブラシで磨いていた。
その横には同じく清掃員に変装したシタターレの姿があった。
シタターレがホースで水を流し、ドロドロンがブラシで磨くという感じだ。
だが、一生懸命床を磨くドロドロンに対し、シタターレは咲や舞たちから目を離す事はなかった。
「あのさあ、早くプリキュア倒しに行かない?」
「くっ、指図しないでちょうだい…!やる時は私が決めるわ」
ドロドロンの問いかけに苛立ちながらも、シタターレは咲や舞から目を離す事はない。
それでも、ドロドロンは食い下がる。
「でもね~、ゴーヤーンとアクダイカーン様が二人で力を合わせてって言ってた!」
「私のやり方でやるって言ったでしょ~!フン!分かったら返事をしなさい!返事を!」
咲や舞から目を離す事なく言い放つシタターレだったが、その時ドロドロンの姿は、猿山の清掃員用のドアにあった。
「フン…。分っかりませ~ん♪」
ドロドロンは、シタターレにそう言い返すと、清掃員用のドアを締めて出て行った。
猿山から離れた場所にある鷹が展示されたゲージの前にくるみとテンコの姿があった。
二人の間に会話は全くなく、くるみには苦悶の表情さえ見て取れた。
その時、テンコのバッグからアルカードが顔を出す。
「くるみ、どうしたド?昨日の事が気になってるド?」
「…。別に何でもありませんわ…」
くるみはそう言いながらも、昨日の出来事へと想いを馳せた。
前日の夜。
咲と舞から動物公園に誘われたくるみとテンコ。
明日の待ち合わせ場所や予定の打ち合わせを終わらせ、咲の家から出たくるみとテンコの前にコロネが姿を現した。
コロネが二本足で立つと、胸の部分がハート型に光り始めた。
「フィーリア王女…!」
くるみの声にアルカードもテンコの鞄から顔を現した。
コロネの胸が光り輝き、フィーリア王女の声が響き渡る。
「あなた方に聞いてほしい事があります…。満と薫の事です…」
「ダークフォールに捕らえられているという咲と舞の友達の事ですね…。そして、ダークフォールの戦士…」
「はい…。彼女たちは滅びの力によって生み出されました。もし、滅びの力が消えてしまった時には、彼女たちが消えてしまう恐れがあります…」
フィーリアの思いがけない言葉にくるみとアルカードの表情が一変した。
「咲と舞の友達が…」
「消えてしまうド…」
その時、くるみの脳裏に「キュアドリーム」達が「アナコンディ」によって石に変えられた時の記憶が蘇った。
博物館で見た石像となった仲間の前で立ち尽くすミルキィローズ。
「(私は…、どうすればいいの…)」
その時の喪失感がくるみに再び襲い掛かる。
しかし、くるみはそんな過去の記憶を振り切ろうとするかの様に首を振り、フィーリアに問いかける。
「どうすれば…、どうすれば彼女たちを救えるのですか!?」
「私にも答えは分かりません。ただ…消えてしまった奇跡の滴の力…」
「奇跡の滴…」
「ファリー・キャラフェ」の精霊の力が集まった二つの「奇跡の滴」。
以前、ダークフォールの幹部「カレハーン」とドロドロンの襲撃により、プリキュアはピンチに陥った。
そのピンチを救う為、コロネや精霊たちの想いをこめた奇跡の滴が、満と薫の下へと向かっていた。
しかし、みんなの想いが満と薫に届いたと思った瞬間、奇跡の滴は忽然と何処かへと消え去ってしまったのだ。
そして、咲や舞の前に現れたのが、くるみとテンコだった。
フィーリアが言葉を続ける。
「その奇跡の滴の力を微かですが、テンコさんから感じる事が出来るのです…」
「テンコから…」
フィーリアの言葉で、くるみ達の視線がテンコに集まった。
だが、テンコは相変わらず素知らぬ顔だった。
「…」
「テンコさん…、そして、くるみさん…、あなた達二人でしたら満と薫を救う事が出来るかも知れません…」
「私たちが…」
フィーリアの言葉にくるみの表情が固くなる。
くるみとテンコには七つに分かれてしまった「プリキュア」の世界を救うという使命がある。
だが、それはくるみにとって漠然としたものだった。
しかし、敵の手にある満と薫を救うという事が、どうしてもあの時と重なってしまう。
アナコンディによって、ミルキィローズの目の前で仲間たちが次々と石に変えられていく。
大切な仲間を守る事が出来なかった、仲間を助ける事が出来なかったという自責の念が、未だくるみの心の奥底にトラウマとして残っていた。
それがフィーリアの言葉により、蘇る結果となってしまった。
勿論、フィーリアが別の世界の住人であるくるみの過去を知る由もない。
満と薫を救うという使命が、くるみの心に重く圧し掛かっていくのだった。
姿を消したくるみとテンコを探し回る舞と咲。
だが、二人の姿を見付ける事は出来ないでいた。
「どう?」
「いない…」
「何処行ったのかしら…」
その時、咲と舞は鳥が展示されている大きなゲージに気付いた。
二人は、そのゲージに向かって歩き始めた。
その頃、シタターレはゾウのゲージで掃除を行っていた。
シタターレの持つホースから出る水がゾウの背中に掛かり、ゾウも気持ち良さそうだった。
そこにはドロドロンの姿もあった。
猿山と同じ様に、デッキブラシで床を磨いていた。
咲や舞たちが動物公園に入った時から様子を伺っていたシタターレは、この機を逃さなかった。
「今がチャンスね」
「何がザンス?」
「さいザンスって、アンタは素直に言う事聞いてればいいの!行くわよ!」
その時だった。
水道の蛇口、水飲み場の蛇口、動物公園内敷地内の各所から水が大量に噴き出した。
やがて、それらがまるで間欠泉の様に噴き上がったのだ。
その頃、咲と舞はやっとくるみとテンコを見付けだし合流する事が出来ていた。
大量に拭き上がった水が雨の様に、動物公園の敷地内に降り注ぐ。
勿論、咲たちはこの異変がただの事故ではない事に気付いていた。
ダークフォールの刺客が再び現れた事を悟る。
その予感は直ぐに現実となった。
「オーホホホホホ…!アーハッハハハハハハ…!アーハッハハ…!」
そんな高笑いに目をやると、そこには雨にかすむ二つの人影が浮かび上がっていた。
人影が咲たちに近付くにつれ、その姿がはっきりと見えてくる。
それは、清掃員の姿に変装したシタターレとドロドロンの姿だった。
舞と咲が二人の存在に気付いた。
「あ、あなたは!」
「あっ!え、えっと…、確か、ハナミズタレ!」
「くっ!ミズ・シタターレよ!」
咲のいつものボケに対し、いつものツッコミを入れたシタターレが正体を現す。
「もう、何回言ったらアンタは覚えんのよ…!」
そう言うシタターレの態度には、何処か諦めさえ感じ取れた。
しかし、咲の答えに笑いを隠せない者がいた。
それはシタターレの仲間であるドロドロンだった。
「何回言ったって、ハナミズタレだってさ…。ンフフフ…」
「お前が笑うな!」
含み笑いしているドロドロンをシタターレが怒鳴りつけた。
怒鳴られたドロドロンは、ムッとして腕を組み、顔を逸らすのだった。
「ったく、もう…」
だが、シタターレの意識は、もうドロドロンにはない。
既に本来のターゲットへと戻っていた。
「そこの二人…、プリキュアに味方するとどうなるか…思い知らせてあげるわ!」
そう言ってシタターレは、くるみとテンコを睨みつけた。
くるみとテンコが身構える。
「ふん…!」
「…」
シタターレが右手を上げると、直径50センチはあろう巨大な水の塊が、シタターレの周りに何十個も浮かび上がった。
「ハッ!」
そして、シタターレが腕を振り下ろすと同時に、その水塊が一斉に咲たちに襲いかかる。
その攻撃から必死に逃れる咲たち。
咲と舞は、大きな木の陰に隠れ、何とかシタターレの攻撃から身をかわした。
「ア~ハハハハハハハ…」
シタターレの高笑いが、再び響き渡った。
咲と舞は、お互いに頷くとクリスタル・コミューンを取り出した。
二人がクリスタル・コミューンのヘッド部分のボールを回転させ、手を繋ぎ、構えた。
「デュアル・スピリキュアル・パワー!!」
咲と舞の手にあるクリスタル・コミューンが接触した瞬間、溢れ出した精霊の光が巨大な光の珠となり、二人を包み、空へと舞い上がった。
その光の珠が弾け飛ぶと、そこに手を繋いだ二人の姿が浮かび上がる。
二人は精霊の光を纏っていた。
「未来を照らし!」
「勇気を運べ!」
咲と舞の声に答える様に、精霊の光がプリキュアのコスチュームへと変化していく。
「はあっ!」
プリキュアが大地へと舞い降りた。
「天空に満ちる月!キュアブライト!」
「大地に薫る風!キュアウィンディ!」
「二人はプリキュア!!」
「聖なる泉を汚す者よ!」
「阿漕な真似は、お止めなさい!」
くるみとテンコも変身する。
くるみが青い薔薇の中から現れた「ミルキィパレット」を手に取った。
「ブラシペン」で4つのボタンをタッチすると、ミルキィパレットのボタンに青い薔薇の紋章が浮かび上がる。
「スカイローズ・トランスレイト!」
くるみの周りを青い薔薇が覆い尽くす。
その薔薇の花弁が舞い上がると、その花弁がミルキィローズのコスチュームに変化していった。
「青い薔薇は秘密の印!ミルキィローズ!」
「はぁ…」
溜め息をつきながら、テンコが腰に付けているポーチからカードを1枚抜き出した。
そのカードには「キュアリアリー」の姿が描かれていた。
カードを正面に翳すとテンコのベルトのバックル部分に「リアリー・ドライバー」が浮かび上がり、装着された。
「トランスフォーム…プリキュア…」
テンコがリアリー・ドライバーにカードを通す。
「Ready to transform into a Cure…Realy」
ドライバーから音声が流れると、ドライバーによって等身大に拡大されたカードがテンコの前にホルグラフィーの様に浮かび上がった。
そして、そのホログラフィーがテンコの身体をすり抜けていく。
ホルグラフィーがテンコをすり抜けると、そこにはキュアリアリーに変身したテンコの姿があった。
「…」
「世界と世界を繋ぐ虹!キュアリアリーだド!」
相変わらず黙っているリアリーの代わりに、木の陰に隠れているアルカードが名乗りを上げた。
そんなアルカードの所に、ムープとフープも合流した。
「ナナ~ナ、ナ~ナ、ナ~ナ、ナ~♪」
その鼻歌に4人が気付くと、そこには強大な泥団子となったドロドロンがいた。
巨大な泥団子は、最初その場で回転していたが、その直後、何と猛スピードで4人に向かってきたのである。
「大きな泥団子ラピ!」
「気を付けるチョピ~!」
その巨大な泥団子にミルキィローズが果敢に挑む。
ミルキィローズに続き、リアリーも泥団子へ向け、駆けだした。
その事にドロドロンは気付いていない。
「そ~で~す♪」
「たぁ~!」
余裕の鼻歌を歌いながら突進して来る巨大な泥団子にミルキィローズとリアリーの蹴りが炸裂した。
二人の蹴りによって、巨大な泥団子からドロドロンが弾き出され、水で溢れた地面を滑った。
「あ!やばっ!意外な展開!あ痛っ!痛~!」
「やったムプ~」
「カッコイイププ~」
ミルキィローズとリアリーの活躍に喜ぶムープとフープ。
ミルキィローズの表情にも、少し余裕が伺えた。
「ブライト!ウィンディ!こっちは任せて」
「ありがとう!ミルキィローズ」
ドロドロンの表情が今受けた屈辱に歪んでいく。
「ミルキィ~ローズ~!…と誰だっけ…?」
そう小声で呟くと、ドロドロンは倒れたまま、自らの掌を水でぬかるんだ地面に吸い付けた。
すると、その手に吸い込まれる様に泥と化した土が、ドロドロンにどんどん集まっていった。
「フン!吸うよ~♪吸うよ~♪どんどんどんどん吸っちゃうよ~♪」
そんなドロドロンの変化にウィンディとブライトがいち早く気付いた。
「ああっ!!」
「ミルキィローズ!リアリー!」
「うっ、うっ、う、後ろ~!」
二人の声にミルキィローズとリアリーが振り向くと、そこに陶芸のろくろの様に回転する泥を纏ったドロドロンの姿があった。
「はっ!」
「…!」
危険を感じたミルキィローズとリアリーが距離を取ろうと飛び上がった時、その巨大な泥の塊からまるで腕の様に変化した泥が飛び出した。
その泥の腕が、空中に逃げた二人を追撃し、叩き落とした。
「きゃあ!」
「うっ!」
「ミルキィローズ!リアリー!」
地面に叩きつけられたミルキィローズとリアリーの下に向かうウィンディ、そしてブライト。
その時、泥の塊からドロドロンが顔を出した。
「フン…。どうだ~!思い知ったか~!」
ドロドロンの攻撃の直撃を受け、立ち上がる事が出来ないミルキィローズとリアリーの下に駆け寄ったウィンディとブライト。
「リアリー!」
「ミルキィローズ!」
地面に叩きつけられ、動けなくなったミルキィローズとリアリーを、泥団子から顔だけ出したドロドロンが見降ろす。
そして、まるで勝ち誇ったかの様に、しかし小声で語り始めた。
「お前達に邪魔された事ね、僕ね、ず~と根に持ってたんだ~。僕はね、こう見えて結構ナイーブなんだ…」
その間、ウィンディとブライトは倒れていたミルキィローズとリアリーを抱えて避難しようしていた。
それにドロドロンが気付く。
「あの~、ちょっ、おまっ!おまっ、聞けよ~!」
自分の話を全く聞こうとしないプリキュアに逆切れするドロドロン。
ドロドロンは、そんなプリキュアを逃すまいと、再び巨大な泥団子へと姿を変えた。
「こら~!おっかけま~す!」
再び巨大な泥団子と化したドロドロンが回転しながら、プリキュアに襲いかかる。
ブライトとウィンディは、ミルキィローズとリアリーを抱えたまま、何とかその攻撃を避けた。
だが、巨大な泥団子は、Uターンして、再度プリキュアめがけて向かって来ようとしていた。
「大丈夫!?」
「ええ…」
ブライトの問いかけに弱々しく答えるミルキィローズだったが、そのダメージの大きさは二人の様子からも明らかだった。
そのチャンスを策士であるシタターレが見逃す訳がなかった。
「人の心配をしてる場合じゃなくてよ…」
シタターレの声と共に、再び無数の巨大な水塊がプリキュアの周りに浮かび上がった。
「フッフフフフ…。ハアッ!」
シタターレが気合と共に腕を振り下ろすと、その無数の水の巨大な塊がプリキュアに襲いかかる。
ブライトとウィンディが精霊のバリアを張り、その攻撃を防ごうとしたが、巨大な水塊によってバリアが破られてしまった。
何とか起き上がるブライトとウィンディだったが、ダメージが深刻なのはミルキィローズとリアリーの方だった。
その事にブライトとウィンディが気付く。
「リアリー!」
「ミルキィローズ!」
起き上がる事の出来ないミルキィローズとリアリーの下に、ブライトとウィンディが駆け寄った。
そんな4人にシタターレが詰め寄る。
「悪足掻きはお止めなさい!フィーリアは何処!?」
「誰が教えるもんか~あっ!」
そう言ってシタターレに向かって行くブライトにウィンディが続く。
ブライトが蹴りをシタターレに放つが、それを空中に避けたシタターレが避けざまに水塊をブライトに放った。
しかし、ブライトは着地後、直ぐにバックジャンプで距離を取り、その水塊を避けた。
そして、シタターレが着地しようとした時、その隙をウィンディの風が狙い撃つ。
だが、シタターレは身体を捻り、攻撃を何とか避けて着地した。
しかし、プリキュアの追撃は終わらない。
シタターレが着地した瞬間、ブライトがサマーソルトキックを放った。
だが、シタターレは、その攻撃をバク中で回避するのだった。
ブライトとウィンディのシタターレへの猛攻の間に、ミルキィローズとリアリーは何とか立ち上がる事が出来た。
その時、ドロドロンが二人に語りかけてきた。
「あのさぁ、どうしてプリキュアの味方するの?」
「あなたには関係ないでしょ!」
「プリキュアのせいで、もしダークフォールに何かあったら、ど~すんだよ~!」
ドロドロンのその言葉にブライトとウィンディが食いつく。
「何かって何よ!」
「一体何の話!?」
「ん…?ウフフフフ…」
ブライトとウィンディのその反応に、シタターレは何かを思いついた様だった。
その端正な顔立ちが不敵な笑みで歪む。
「そうよ…。ダークフォールの滅びの力に影響を及ぼす事が起きた時は、あなた達のお友達の満と薫も消えてなくなるかも知れないって事…」
シタターレは大げさ身振りで語った。
しかし、それがブライトとウィンディにどの様な影響を与えたかは、火を見るよりも明らかだった。
シタターレから発せられた言葉にブライトとウィンディの動きが止まる。
二人の動揺は誰にも見て取れた。
「え…っ!嘘…」
「は…っ!何を言っているの…!」
「仲間に戻らないなら、いっそあのまま消えてくれると手間が省けていいんだけどねぇ」
そのシタターレの言葉によって、ブライトとウィンディの脳裏に、満と薫が苦しみながら闇の中へと消えていく姿が浮かんだ。
闇の中に呑み込まれて行く満と薫の姿が、ゴーヤーンによってダークフォールに連れ去られた時の二人の姿と被る。
そして満と薫は、プリキュアを助ける為、自ら盾となったのだ。
その時の喪失感が、再びウィンディとブライトに襲い掛かる。
「は…っ!?」
「そんな…!」
「本当の事だよ♪」
「黙りなさいっ!」
ブライトとウィンディに追い打ちを掛けるドロドロンの言葉をミルキィローズが遮った。
だが、その事がドロドロンの癇に障った様だ。
泥団子から顔を出していたドロドロンの表情が、みるみる怒りの表情へと変わっていった。
「もうぉぉぉぉぉお!優しく言ってるのにぃぃぃぃぃぃぃい!」
ドロドロンの怒りに呼応するかの様に、身体を覆っていた泥団子が膨れ上がった。
そして、内部から圧迫された泥が崩れ落ちると、そこには巨大化したドロドロンの姿があった。
それは10メートルにも届きそうな巨体となったドロドロンの姿だった。
その余りもの変化にミルキィローズも驚きを隠せなかった。
「あ…っ!」
「はいっ!ビックドロドロンでっす!」
その巨体から振り下ろされた握り拳が、ミルキィローズとリアリーに襲い掛かる。
「はいっ!」
その強烈な一撃をミルキィローズとリアリーは寸前で避けた。
だが、その攻撃による衝撃は、ドロドロンから離れた場所にいるブライトとウィンディの下にまで届いた。
その攻撃をまともに受ければどうなるか、想像に容易かった。
しかし、プリキュアの敵はドロドロンだけではない。
「プリキュア、あなた達の相手は私(わたくし)よ!」
その声にブライトとウィンディが振り向くと、シタターレの頭上には5メートルはあろう巨大な水塊が浮かんでいた。
シタターレが腕を振り下ろすと、その巨大な水塊が二人に襲い掛かる。
二人は、水塊の直撃は免れたものの、その爆風によって吹き飛ばされてしまった。
「どうしたの?プリキュア。歯ごたえないわねぇ」
何とか起き上がろうとするブライトとウィンディの下に、シタターレが不敵に歩み寄る。
その口調からは、余裕が伺え取れた。
苦戦を強いられていたのは、ブライトとウィンディだけではなかった。
「ま~だ、まだ行~くよ~♪」
そう言って身体を丸めると、ドロドロンは再び巨大な泥団子へと姿を変えた。
そして、ミルキィローズとリアリーに襲いかかるのだった。
ドロドロンが変化した巨大な泥団子から逃げるミルキィローズとリアリー。
巨大な泥団子の中からは、ドロドロン得意の鼻歌が聞こえてくるが、そのスピードは決して衰えない。
「プ~ルプルプルプル~ン♪」
その泥団子から逃げる二人の前には、まだ立ち上がれていないブライトとウィンディの姿があった。
ミルキィローズとリアリーは、走りながら倒れているブライトとウィンディを抱え上げると、
二人を抱えたまま空中へジャンプし、ドロドロンの攻撃を避けるのだった。
しかし、ドロドロンの執拗な攻撃は止まる事を知らない。
「Uタ~ン♪そして、ゴ~~♪」
Uターンしてきたドロドロンの追撃をウィンディとリアリーが、再度ジャンプしてかわした。
その時だった。
「ジャンプ♪」
何とドロドロンの変化した巨大な泥団子が、ボールが跳ねたかの様に、空中に飛び上がったのだ。
「はぁあああああい!」
空中に飛び上がった巨大な泥団子が、ドロドロンの姿へと戻る。
そして、不意を突かれたウィンディとリアリーはドロドロンの強烈な腕の一振りにより、地面に叩き付けられてしまった。
「きゃああぁぁぁ!!」
ブライトとミルキィローズは、叩き付けられたウィンディとリアリーの下へと向かった。
「ふぁぁあ…、あくびが出ちゃう。ホントにそれがプリキュアの実力なの?」
「それと残りの二人…、プリキュアに味方するとどうなるか…、思い知らせてあげるわぁぁぁあ!」
シタターレが、その声と共に腕を振り下ろすと、再び巨大な水塊がプリキュアに襲い掛かった。
その攻撃を空中に避けたミルキィローズとリアリーだったが、そこにはドロドロンが待ち構えていた。
「はい、叩き込み!」
シタターレとドロドロンのコンビネーションにより、ミルキィローズとリアリーは地面へと叩き付けられた。
そんなミルキィローズとリアリーの横を滑り抜けて行くブライトとウィンディ。
二人の目の前には、地上に降りてきたドロドロンの後ろ姿があった。
ドロドロンは、まだブライトとウィンディの存在に気付いていない。
何故なら、シタターレの攻撃によって空中に拡散した大量の水が靄となり、辺りの視界を悪くしていたからだ。
ドロドロンによりダメージを受けたミルキィローズとリアリーの事が気にならない訳ではなかったが、この絶好のチャンスを逃す訳にはいかなかった。
ブライトとウィンディは、ドロドロンの巨大な身体を岩山を駆け登る様に上がっていった。
「てやっ!」
「えい!」
「あ、あっ!と、と、あ、ちょ!や、あ、あ~ん、あれ?」
ブライトとウィンディの意外な行動にドロドロンが右往左往している間、二人はドロドロンの死角に潜り込んだ。
そして二人は両方の掌に精霊の力を集中させた。
「はあぁぁああ!!」
その時だった。
先程のシタターレの言葉がブライトとウィンディの脳裏に蘇る。
「(満と薫も消えてなくなるかも知れないって事…)」
その途端、ブライトとウィンディの精霊の力が急激に弱まった。
「痒い」
そう言ってドロドロンがブライトとウィンディを払い落した。
尽かさずドロドロンは、ブライトとウィンディを踏み潰そうとしたが、二人はギリギリでその攻撃を避ける。
そして、急いでドロドロンとの距離を取った。
「どうして…!どうして何も出来ないの…!」
「だって、満さんと薫さんが…!」
悲痛に叫ぶブライトと失意に打ちのめされるウィンディの姿がそこにあった。
ダークフォールに何かあれば満と薫が消えてしまうかも知れない。
しかし、ダークフォールを野放しにすれば、フラッピやチョッピたちが暮らす「泉の郷」だけでなく、
咲や舞が暮らす「緑の郷」までも滅ぼされてしまう事は明らかだった。
その葛藤に苛まれるブライトとウィンディ。
「一体どうすればいいのぉぉおお!」
そんなブライトの叫びが木霊した。
ドロドロンの攻撃により受けたダメージから、やっと立ち上がる事が出来たミルキィローズとリアリー。
だが、そこにはシタターレが待ち構えていた。
立つ事さえままならない二人に、シタターレの容赦のない攻撃が襲いかかる。
「ああああぁぁぁ!!」
ミルキィローズとリアリーは、シタターレが放った水塊の爆風によって吹き飛ばされてしまった。
その時、ミルキィローズの脳裏にキントレスキーとモエルンバから守ろうとするブライトとウィンディの姿が浮かび上がる。
「(二人には手出しさせない…)」
「(そうよ…。指一本触れさせない…)」
リアリーの脳裏に笑顔で微笑みかけるブライトとウィンディの姿が浮かび上がる。
「(当たり前だよ!)」
「(うん!だって私たち…)」
「(友達だもん!!)」
降りしきる雨の中、立ち上がる事もなく俯いたままのブライト、ウィンディ、そしてミルキィローズとリアリー。
「どうして本気で立ち向かわないの…!」
ミルキィローズは立ち上がり、ブライトとウィンディに活を入れた。
しかし、今の二人にはミルキィローズの言葉は届かない。
「だって…、ダークフォールがなくなったら」
「満さんと薫さんが消えてしまうかもしれない…」
「何を4人で下を向いていらっしゃるの」
そんなドロドロンの言葉に、ミルキィローズが再度ブライトとウィンディに活を入れる。
「立ちなさい…!」
「満と薫が消えてしまうなんて、絶対に嫌!」
「折角、友達になれたのに!」
「オ~ホホホホホホ…!」
その笑い声と共にシタターレが、間欠泉の様に湧き出す水の上に姿を現した。
「みんな仲良く倒されちゃえばいいのよ!滅びの力に従いなさい!」
その時だった。
「ある人が言ってた…」
それはリアリーの声だった。
決して大きな声とは言えなかったが、いつものリアリーとは違う、意思のこもったハッキリとした声だった。
それに一番驚いたのは、共に数々のプリキュアの世界を旅してきたミルキィローズとアルカードだ。
「リアリー…」
リアリーが言葉を続ける。
「どんな時でも希望は忘れちゃ駄目…、今がどんなに辛くても、どんなに苦しくても、たった一つ…、希望だけは忘れちゃいけない…」
「希望さえ失わなければ、明日はきっといい日になるんだって…」
それは「マックスハート」の世界で出会った、ある老婆の言葉だった。
「リアリーが…、テンコが…、テンコが喋ってるド…!」
俯いていたブライトとウィンディが、リアリーのその言葉を聞き、顔を上げる。
「リアリー…」
「お互いがお互いを想う強い気持ちが大きな力を生み出すんでしょ…。それは精霊の力も滅びの力も超えた強い絆の力なんでしょ…」
リアリーのその言葉で、ミルキィローズの脳裏に「5GoGo!」の仲間たちの姿が浮かび上がった。
そして、自らに言い聞かせる様にリアリーに続く。
「そうよ…!パルミエ王国お世話役の名に懸けて、満さんと薫さんは私たちが取り戻しみせるわ!」
「私は関係ないけど…」
「あなたねぇぇえ…!」
ミルキィローズがリアリーの言葉に続いた途端、リアリーがいつもの調子に戻った。
自分の決意も知らず、素っ気ない態度を取るリアリーへの怒りに肩を震わせるミルキィローズ。
そんないつもの二人のやり取りを見ていたブライトとウィンディの表情にも、いつしか笑顔が戻っていた。
「ありがとう!リアリー!ミルキィローズ!私たちも信じるわ!」
「そうね!私たちに出来る事をやりましょ!」
笑顔を取り戻したプリキュアにフープとムープが応える。
「今ププ!」
「プリキュアを助けるムプ!」
「月の力!」
「風の力!」
「スプラッシュ・ターン!!」
ムープとフープの力によって、「スプラッシュ・コミューン」から「プリキュ・スパイラル・リング」が現れ、ウィンディの手首とブライトの腰に装着された。
「と~ど~め~、だぁぁぁぁぁああ!!」
その声と共にドロドロンの巨大な泥団子が回転したかと思うと、そのまま空へと飛び上がった。
「はいっ!」
遥か上空でドロドロンの姿へと戻ると、その手首から蜘蛛の糸を放つ。
その糸が網へと変化し、地上にいるプリキュアをその網によって閉じ込めた。
しかし、その網の中からミルキィローズの声が響き渡る。
「邪悪な力を包み込む…、薔薇の吹雪を咲かせましょう!」
「ミルキィローズ!ブリザードッ!」
その声と共に、ミルキィパレットから放たれた巨大な青い薔薇の華吹雪が、ドロドロンの網の縛めを断ち切った。
「はぁ…」
ドロドロンの縛めから解き放たれたリアリーが、溜め息をつきながら腰のポーチから一枚のカードを引き抜く。
リアリーは、ベルトのバックル部分にあるドライバーに、そのカードを通した。
「Ready to transform into a Cure…Sunshine」
カードを通すと、ドライバーから音声が流れた。
「プリキュア…オープンマイハート…」
ドライバーによって等身大に拡大されたカードが、リアリーの前にホログラフィーの様に浮かび上がり、リアリーの身体をすり抜けていった。
カードがすり抜けると、リアリーは別のプリキュアに姿を変えていた。
「日の光浴びる一輪の花!キュアサンシャイン!」
リアリーが変身した「キュアサンシャイン」が胸元のブローチにタッチすると、そこからハートが浮かび上がった。
そして、そのハートが「シャイニータンバリン」へと変化した。
「集まれ!花のパワー!シャイニータンバリン!」
サンシャインがシャイニータンバリンを回転させ、音を奏でる。
すると、音を奏でる度に、シャイニータンバリンから花のパワーが溢れ出すのだった。
「花よ舞い上がれ!プリキュア!ゴールドフォルテッ!バーーーーストッ!」
シャイニータンバリンから放たれた何十ものひまわりの形をした光の弾がドロドロンを包み込む。
その力がゴーヤーンの印を打ち砕いた。
その瞬間、巨大だったドロドロンの姿が、元の大きさのドロドロンの姿へと縮んでいった。
「しゅーん…。ちっちゃ」
「今よ!」
ブライトとイーグレットがスパイラル・リングにリングを装填し、回転させた。
そして、二人は手を繋ぎ、目を閉じる。
ブライトとウィンディが構えると、それに呼応するかの様に大地から、そして大空から幾百、幾万もの精霊の力が光の粒となり、溢れ出す。
その膨大な量の精霊の粒子が二人のスパイラル・リングに吸い寄せられる様に集まっていった。
「精霊の光よ!命の輝きよ!」
「希望へ導け!二つの心!」
「プリキュア・スパイラルスター!!」
スパイラル・リングに集まった精霊の力の粒子がブライトとウィンディの手の甲から溢れ出し、光の水流を描いた。
その光の水流が徐々に形を変え、ブライトとウィンディの前で渦となった。
「スプラーーーーーーーーーシュ!!」
その掛け声と共にブルームとイーグレットが目の前にある光の渦を両手で打ち抜く。
その瞬間、その渦から膨大な精霊の光の激流が放たれた。
ブライトとウィンディから放たれた光の激流の前に呆然と立ち尽くすドロドロン。
「ああっ!ああっ!あ、これっ!」
そんなドロドロンの身体を精霊の光が包み込んだ。
「皆さん、さよならぁああああ!」
そう言い残し、ドロドロンは元の姿へと戻っていった。
その後は、カレハーンや「モエルンバ」の時と同じだった。
ドロドロンの身体を形成していた滅びの力は四散し、やがて消えていった。
「今度はわたくしの名前、しっかり覚えてきなさいよぉお!」
シタターレは、そう言い残すと、海に浮かぶ蜃気楼の様に姿を消した。
「美岳動物園公園」から夕凪に向かうバスの中に、みのりや咲たちの姿があった。
バスの窓の外は、既に夕暮れだった。
行きのバスでは二列に分かれて座っていた咲たちだったが、帰りは5人とも最後尾の座席に座っていた。
「見て見て~、これみのりが描いたんだよ~」
そう言って、みのりは今日描いたスケッチブックの絵をくるみに差し出した。
そのスケッチブックに描かれていた絵を見た咲とくるみが、思わず驚嘆の声を上げる。
「な~に、これ!?」
「サルの顔が私達になっちゃってる…」
「うっふふふふ…」
その絵を見て、舞が笑い出した。
何と、そこには顔が咲、舞、くるみ、テンコになったサルが描かれていたのだった。
舞の笑い声に誘われる様に、窓際に座っていたテンコも、こそっとその絵を覗き込む。
「でも、何だか、とっても暖かくて素敵な絵ね」
「本当!?やった~」
舞に褒められたみのりが、喜びの声を上げた。
しかし咲には、みのりの描いた絵に納得いかない所があった。
その疑問をみのりにぶつける。
「それにしてもさあ、何で私だけがこんなに口一杯バナナ頬張ってんの?」
「ホントだわ」
咲に、そう言われ、くるみもその事に気付いた。
「何で?わたしが食いしん坊だから?」
「当ったり~」
バスの中に、みのり、舞、くるみの笑い声が響いた。
「酷~い!でも、確かに雰囲気は似てるかも…にひひひひ…」
テンコは、そう言って笑う咲たちから目を逸らし、バスの窓から沈みゆく夕陽を眺めた。
その口元には微笑みが浮かんでる様に見えた。
キャスト
高尾天子(キュアリアリー)/声:千葉千恵巳
アルカード/声:TARAKO
美々野くるみ(ミルキィローズ)/声:仙台エリ
日向咲(キュアブルーム)/声:樹元オリエ
美翔舞(キュアイーグレット)/声:榎本温子
フラッピ/声:山口勝平
チョッピ/声:松来未祐
ムープ/声:渕崎ゆり子
フープ/声:岡村明美
日向みのり/声:斎藤彩夏
フィーリア王女/声:川田妙子
ニギニギ/声:笛木将也
ドロドロン/声:岩田光央
ミズ・シタターレ/声:松井菜桜子
キュアサンシャイン/声:桑島法子
ドライバー/声:Beckii Cruel
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